第27話 学祭前夜。



「いよいよ明日から学祭か。」




大学では学祭の準備が急ピッチで進められ、数日前からは大学全体が完全にお祭りムードだ。




都内屈指の美人の多い大学ということもあり、他大生らしき男子大学生の姿もよく見受けられる。


学生の装いもすっかり秋らしくなり、そういう私も今日は黒のハイネックセーターにダークグリーンのチェスターコートを羽織って登校した。




今年の学祭も芸能人がゲストで来るらしく、一部の生徒の間では盛り上がっている。

テレビはあまり見ないので芸能人には疎く、申し訳ない。



前夜祭に当たる今日もお笑い芸人さんなどが来校してライブをやるなどしており、学内は騒がしい。


しかし、今自分がいる練習室の周りは学祭本番での出番控える学生たちの聖域となっており、この聖域の中では、みんなが一心不乱に最後の詰めを行なっている。


もちろん自分もその一人だ。






譜面と睨めっこしながら鍵盤を叩いていると、ふいに防音ドアをノックする音が聞こえた。






「どうぞ〜。」




「ふ、藤原くん!」




「あら、望月さん。」


久々の出番の望月さんである。




「藤原くんってピアノ弾けるんだね。」




「そんなことないよ。趣味程度。」


話しているうちに思い出したが、望月さんは放課後のピアニストの噂をちゃんと知っている。


ここでバレるわけにはいかない。




「でもすっごい上手だったよ?」




「たぶんそれ他の部屋の人じゃないかな…。


ほら隣の部屋からも聞こえるでしょ?」




「えっ?そうなのかなぁ。


私音楽は好きだけど、演奏するのはあんまりやってこなかったからよくわからないんだよね…。」




「それはそれでいいとおもうよ。


音楽聴くの楽しいでしょ?


最近はどんなの聞いてるの?」




「そうだね!


うーん、最近は…」




うまくごまかせた!!!


なんとかなった!!!!


危機一髪だぜ。






「そいえば望月さんはどうしてここへ?」




「あっ、忘れてた!


これあげようと思って!」




望月さんはおもむろにバッグからクッキーを取り出した。




「あら、クッキー。」




「そう!


私ヨーロッパ文化のサークルに入ってるんだけど、今年は学祭でウイーンのお菓子を出してるの!


だからその宣伝も兼ねて藤原くんにお渡ししようと思ったのです!」




「それはそれは、どうもありがとうございます。」




「それとね、よかったらなんだけど、明日の学祭一緒に回らない?」




この申し出は正直予想してなかった。


望月さんといえば、今年は出場してないが、来年はほぼ間違いなく出場することになるであろうミスコンの、ミスキャンパス最有力候補。


我が学年の花である。


ちなみに幸祐里もファンが根強く、来年には期待が持たれている。


実季先輩は去年準ミスを獲得した。




あれ?私の周り美人多すぎない?




そんなことはさておき、男としてはこの申し出をぜひ受けておきたいところである。

しかし明日は、本当に本番の前日だ。

明日1日を棒に振ることはできない。




「明日かぁ…。」




「難しかったら半日だけでも…!どうかな?」




半日でいいなら話は変わってくる。




「わかった!じゃあお昼からなら大丈夫だよ!」




「やった!ありがとう!明日楽しみだなぁ!」


望月さんの花が咲くような笑顔が見られたのなら私の半日など安いものだ。


かわりに朝と夜に猛練習しよう。




「申し訳ないんだけど、夕方はちよっと用事あるから解散早めになるけど大丈夫?」




「もちろん!ありがとう!」




思わず鼻の下が伸びてしまう。




「じゃあまた明日ね!」




「はーい。」


あんな美人が学祭に誘ってくれるだなんて男冥利に尽きるというものだ。




望月さんが練習室を後にしたので、再開しようとしたところで新たな来訪者だ。




「吉弘〜。」




幸祐里である。




「なんだ、お前か。」




「この美人を前にしてずいぶんな言い草じゃないか、えぇ?おい。」


幸祐里は相変わらず口が悪い。




「なんだよ、突然。」




「明日学祭まわろうぜ。」




「無理。」


幸祐里はこの上ないほどのショックを受けた顔で膝から崩れ落ちる。




「なんでだよー!!!!一緒にまわろーぜ!!!」




「お前は少年漫画の主人公か。小学生くらいの。」




「ヤダヤダヤダー!なんでだよー!」




「駄々こねるんじゃねぇよ。


明日は先約があるの。」




「せん…やく…?」




「そう。さっき望月さんが来て一緒にまわろーって。」




「そっか…。」




「そういうこと。」




「わかった…。」


あまりにもしょげているさゆりがかわいそうになったので助け舟を出してやることにする。




意気消沈して踵を返した幸祐里の後ろ姿に


「最終日なら空いてるんだけどなぁ。」


と、聞こえるか聞こえないかくらいの声でボソッと言ってみた。




「じゃ、最終日!最終日ならどう?」


さっきと打って変わって、目をキラキラさせながらしがみついてくる。




「わかったから!わかったから離せ!」




「最終日な!約束だからな!」




「わかったわかった。」




「約束だからな!」


幸祐里は嬉しそうにニコニコしながら練習室を後にした。




「騒がしいやつ。」






だが二人のおかげでいい気分転換にもなったのは確かだ。


より一層その後の練習に気持ちが入った。








譜面に書き込んだ注意点や、自分が苦手としていた箇所を次々とさらっていき、総点検を済ませたところで時刻はもう夜の10時を回っていた。




そこで本日最後の来訪者、実季先輩がやってきた。




「ご飯行かない?」

先輩の誘いは分かりやすく、気心知れててなんか好き。



「いいっすね。」




二人で向かったのは大学近くのイタリアンレストラン。


大学の中でもおしゃれパーソンしか通うことが許されないと噂の有名店だ。






「吉弘くんはどんな感じ?」




「良い感じに持ってこれてます。」




「そっか。」




「実季先輩は?」




「私は思うように最後の追い込みがいかなくてね…。」




「先輩でもそんなことあるんですね。」




「そりゃそうよ。むしろほぼ毎回そんなもんじゃないかしらね。」




「そうなんだなぁ。みんな大変だ。」

自分の経験でもそうだ。

直前になればなるほどナーバスになる。

さっきまで気になってなかったことが気になり始める。



「吉弘くんは気楽そうで良いわね。」

憂鬱な顔でぼそっと先輩が言う。

普段はこんなこと言う人じゃないのにこんな言葉が漏れるということは

相当参っているんだろう。



「私も昔サックスやってた頃の、特に高3くらいの時はそんな感じでしたよ。」

私の言葉に先輩が驚いたように眉を上げる。



「今は?」




「自分が楽しいのが第一優先。他のことは全部楽しむためのスパイスでしかないって感じですかね。」




「そうは言ってもねぇ…。」




「究極的な目標は自己表現じゃないですか、こういうのって。」




「そうね。」




「私はピアノ弾いてる自分が好きだし、音楽が楽しいって思ってることを伝えたくてピアノ弾いてるんですよ。」




「そんなこと簡単に出来たら苦労しないわよ。」




「じゃあ明後日の本番楽しみにしといてください。


本番で私が実季先輩の皮を一皮剥いてやりますから。」




「おっ、言うねぇ。」

先輩に笑顔が戻ってきた。



「まだピアノ歴一年も経ってないですけどね」




「楽しみにさせていただきます。」




「どうぞお楽しみに。」




そんな軽口を言い合ったところで食事もひと段落して、実季先輩は化粧を直しにいった。


その先にちゃんと会計を済ませて、実季先輩を待つ。




「お待たせ、じゃ、行こっか。」




「はい。」




「あれ?伝票は?」




「捨てときましたんで、バレないように走って逃げますよ。」




「えぇ!?!?」




冗談で先輩を和ませて店を出る。




「もう!後輩におごられちゃ先輩の面目立たないでしょ!」




「良いんですよ。その代わりと言ったら贅沢かもしれないですけど、今度デートに連れてってくれたら大満足です。」




「もう…。」


実季先輩の顔がちょっと赤い気がするが、きっとワインのせいだろう。


あれ?実季先輩ワイン飲んでたっけ?




その後、実季先輩の家は大学の近くらしいので、大学で解散して自分は家に帰った。






「あー、美味しかったー。」


さっき食べたイタリアンの味を思い出しながら、どれか自宅で再現できないかと考えつつ、机の上に明日弾く予定の譜面を広げる。




今日の練習でやったことを再確認してから風呂に入り眠りにつく。


本番は絶対成功させて見せる。




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