第22話 夏がそろそろ終わります。


私は日本に帰国してからというもの、一心不乱にピアノを弾いた。


朝起きてはピアノを弾き、夜寝る前にピアノを弾く。




この夏だけで何時間ピアノを練習したのかわからない。






もちろんピアノだけではない。


ゴルフも練習したし、実家にも帰った。


せっかくなので実家の話をしてみよう。








私の実家は関東にある。


関東というと都会のイメージがあるが、実際はピンからキリまである。




ピンとキリ、どちら側なのかは想像にお任せしよう。






叔父さんの所から車を持ってきて、大量の荷物を積んで実家に帰る。


もう着なくなった夏服を、衣替えも兼ねて実家に置いておくのだ。


幸いにも余っている部屋は多く、物置には困らない。






「ただいまー。」




「あら、おかえり!」




「晩御飯なに。」




「あんたは本当にそればっかり。」


なんでだ。


母との会話は大体二言目には晩御飯を尋ねるものだろう。


男の子なんてそんなもんだ。




「いいから、晩御飯なに。」




「大葉のチキンカツ。」


大好物だが、それを表に出すようなことはしない。


「ふーん。」


関心のなさそうな声を出してリビングに向かう。


「お!吉弘。」


おっさんみたいな格好をしながらレディスゴルフトーナメントをテレビで観戦しながら声をかけてきたのは姉のなおだ。




こんなナリをしているが、家族の贔屓目なしに見ても整った顔をしており、そのビジュアルの少しでも自分に受け継がれればなぁと考えたこともたくさんあった。




「なおちゃん出てないの?」


うちの家では姉のことをなおちゃんと呼ぶ。

姉ちゃんと呼ばれるのがどうも気持ち悪いらしい。


「そりゃここにいるからね。」


ごもっともである。




「なんで。」




「ランキングポイントが美味しくないのと、コースが苦手。あと賞金がしょっぱい。」




さすが商業アスリートである。




「9月はいつ出るの?」




「来週。でも10月に大きいのが二つあるから、そっちの方が大事かも。来週のも外せないけどね。」




「へぇー。」




「なにその返事。」


さすがの姉も、適当な返事に苦笑いを隠さない。




「ちょっと久しぶりにアレやんない?」




「いいよ。」




アレとはドラコン対決だ。


我が家には姉の職業柄、300万円もする計測器があり、練習でも簡単に結果を知ることができる。






車に道具を取りに戻り、庭に出る。

庭には簡単な練習スペースがあり、家庭用のゴルフ練習用ネットが貼ってある。




「どっちからやる?」




「どちらでも。」


体をほぐしながら、どうしようかと思う。




「何か賭けようよ。」


姉は勝利を確信しているのかそんなことを言う。


「じゃあ負けた方がアイスおごり。」


とりあえず無難なところで。


「しょぼ!」


しかし姉には効かなかった。




「じゃあ、俺が勝ったら服買って。」




「そんなんでいいの?」




「サンローランのレザージャケット。」


※ 参考価格40万円




「…ッ!」




「いいでしょう。その代わり私が買ったらディオールのバッグね。オブリーク。」


※ 参考価格29万円




「…ッ!」


まるで大学生にお願いすることではない。


しかし、この勝負、乗った。




先ほどまでの和やかなムードから一変。


バチバチの勝負感が出てきた。




「じゃ先にもらうね。」




「まぁ、私プロだから。素人さんはお先にどうぞ。」




「ありがたく。」


おそらく、なおちゃんは私のゴルフ力を中学生時代の頃と同じと思っている。


そこから練習してないとでも思っているのだろうか?


先行を取ったのは、プレッシャーをかけたいからだ。




いつも通りすっと構えて、素振りに入る。


軽く降るところから、徐々に力を加えてだんだんとマン振りに近づけていく。




音がだんだんと早くなり、風切り音がエグいことになってくる。






そして、練習と同じように、打つ!!!!






ちょっと芯を外したような気もするが、多分よく飛んだ。


家庭用ゴルフネットなので実際はわからないが、計測器に数字は出る。




ピッという音が計測完了を知らせる。




「ちょっと、聞いてないんだけど。」




「なにが?」




「いつの間にそんな飛ばし屋になったのよ!」




「男の子は高校で体が出来上がるからね。」




「くっそ…。」




「はい、何ヤード?」




「298ヤード…。」




「あ、やっぱりそんなもん?」




「はっ?」




「ちょっと芯ずれたんだよね。自己ベストではない。」




「あんた自己ベスト幾つ?」




「うーん、計測器では322かな。」




「ハナから勝つ気できたでしょ?」




「もちろん。」



「もっとよく見りゃよかった…。

よく見たらあんた道具も完全にプロの飛ばしや仕様じゃん…。」




結果から言うと、なおちゃんは280ヤードそこそこで普通に勝った。










翌日。




朝早めに都内まで出る一家。


運転はもちろん私だ。


車はなおちゃんの車。


なおちゃんの車もベンツで、いつぞやの大会で勝ち取った車たちをいくつも売却して購入したAMGのGクラスだ。

新車を現金一括で買ったらしい。






「いやぁ、ありがとうございます。」




嫌味を込めて姉に言う。




「クソが。」




姉は口が悪い。




そんなことを言いながらやいのやいのしていると表参道についた。




「よし、好きなの買え。」




「あざます!」




父と母はデートしに行った。

幾つになっても仲がいいと言うのは素晴らしい。






結局、がっつりレザーのジャケットを勝ってもらった上に、財布も結構ガタがきていたので同じくサンローランで買ってもらった。


入学祝いだそうだ。

お姉ちゃん大好き。




そのあとは色々買い物した。


部屋のルームフレグランスを買ったり、青山近辺まで歩いて洋服を買ったり、なおちゃんにお返しとしてプレゼントを買ってあげたりもした。


なにを買ってあげたかは秘密としたい。


だが相当喜んでいた。








「ねぇ。」




たくさんの荷物を抱えて、二人で表参道までの帰り道を歩いていると不意に姉が声をかけた。




「んー?」




「あんたプロになる気ないの?」




「ないよ。」




「絶対そこそこやれると思うよ?」




「多分プロになったらゴルフ好きじゃなくなる。」




「そっか。たしかに。」




「なおちゃんはゴルフ好き?」




「んー、私はこれしかないからね。

好きなことが得意なことでよかったと思うよ。」




そこはどうだろうか。


なおちゃんが得意だからゴルフをしてるんじゃないと思う。

そんな生半可な気持ちでやってるわけじゃないと思う。

多分小さいころになおちゃんの心の中で何かがあって、

私はこれで生きていくっていう覚悟を決めて、腹を括ったんだ。

自分が決めた道だから、誰にも言い訳したくなくて、

だからこそなおちゃんは誰よりも努力家で、本人はそれを努力だと思ってない。


私はなおちゃんのそんなところを誰よりも尊敬してる。

弟だから見えることなのかもしれない。



「そっか。」




そんな世間話をしていると車を止めたところについた。


なおちゃんを乗せて、父母を迎えにいく。






「もしもし?お父さん?いまどこ?」




車のエンジンをかけて、走り出したところで姉が電話をしてくれている。




「えっ、銀座?」




「えっ?」


どうやら銀座まで行ったらしい。




「運転手さん銀座までお願いします。」




「はーい。」




結局、両親と待ち合わせをして、合流したら晩御飯も食べて帰ることになった。


両親との待ち合わせ場所である、銀座の裏路地にある和食屋さんについたので車を止めて店の前に行く。

銀座は駐車場料金がすこぶる高い。

何とかならんのか。




「なんで銀座?」


私がそうたずねると母が答えた。




「ここ思い出の店なのよ。」


聞くと、なんでも結婚前に父が母にプロポーズした店らしい。




めちゃくちゃどうでもいいが、その和食屋さんの味はめちゃくちゃ美味しかった。






帰りも運転は自分なので両親と姉はビールを飲みまくっていた。






「じゃ運転手さん。家まで。」




「へーい。」






ちゃんと安全運転で家まで帰った。



その日からまたしばらくは実家に滞在し、尚ちゃんにゴルフを教えてもらったり、

母校の吹奏楽部に教えに入ったり、そのついでにピアノを練習させてもらったりして、有意義な盆休みを過ごし市ヶ谷の我が家に帰ってきた。






実家を出るときに、学祭のチケットを何枚か渡してきたので多分本番は来てくれると思う。


ピアノで出るとは言い忘れたので多分サックスで出ると思っていると思う。








それがこの夏のハイライトだ。


まぁ、一夏に大きなイベントが二つもあったのだから良しとしよう。








いつものように練習室でピアノを弾いていると、防音扉が開く音がして、騒がしくてちっこい人が入ってきた。




「やっほー!吉弘くん!」




「お疲れ様です実季先輩。」




「ウィーンどうだった?」




「ウィーンはですねぇ…




また日常が始まる。

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