第21話 心で弾く。



ウィーンに滞在した、約2週間。


その間はずっと音楽漬けだった。




楽友協会に行って、モーツァルト縛りのコンサートを聴いたり、シェーンブルン宮殿のコンサートに行ったり、アンナ教会というところで行われたハイドンとシューベルト縛りのコンサートに行ったり。




なんなら今滞在しているホテルのロビーのピアノを弾かせてもらったりもした。






1日のサイクルとしては、朝コンサートを聴きに行き、昼もコンサートを聴き、そこで学んだことを夜にアウトプットするという形だ。




そんな生活も、幸祐里は最初こそ楽しんでいたが


1週間を過ぎたごろから目に生気がなくなってきていた。






流石にかわいそうだったので、滞在のラスト2日はなんでも付き合ってあげたらすぐ復活していた。

現金な奴だ。






自分の演奏面では、大きく進化したところは多い。


体感の違いでしかないが、曲を極めるに当たっての曲との向き合い方が変わった気がする。






以前は、楽譜に書いてあることを忠実にやる。

ということを主軸としていたのだが、今はもう自分がそのレベルではないことに気づけた。

ある意味では、まず忠実にできるというスタートラインにようやく立つことができたのだ。


型はできた。

この型をどう破るのか。

自分はどうしたら「型破り」になれるのか。


どう曲の背景を思い起こさせるのか。

どう作曲者が込めた気持ちを読み取って汲み取って、聴衆に共感してもらうのか。

自分はどうしたら、どう弾いたら、お客さんに自分が見えているものを一緒に見てもらえるのか。



気持ちをどう乗せるか、情景やイメージをどれだけ見せることができるのか。

弾き方やテクニックではないんだと思う。

自分が見てきたものや感じてきたものの積み重ねだと思う。






国が違う人たちの前で、たった2週間、少しとはいえピアノを弾くことができたのは、とても幸せな経験だった。






幸祐里もピアノの進化については感じてくれてらしく、はじめて聴いた時よりも格段に上手くなってる、進化してると言ってくれた。

進化なのか深化なのかは言葉ではわからなかった。

どっちなんだろ。





そしていよいよ、本場ウィーンで得た経験を携えて日本に帰国した。






「いやー、長旅でしたな。」

たくさんのことを吸収出来て、ピアニストとして大きくなれた気がする。



「長旅でした。」




「と言っても爆睡でしたけどね。」

幸祐里は飛行機の中で爆睡していた。



「なんか疲れがどっと出たね。」




「確かに。」


ウィーンの空港を飛び立った瞬間、緊張の糸が切れて爆睡だった。


シートベルトを締めて、離陸して、シートベルト着用サインが消えた記憶がない。

ということはつまり、水平飛行に入る前にはすでに寝ていたのだろう。




「ここ最近で一番深い眠りだったかも。」




「眠気スッキリ?」




「たぶん、近年稀に見るほどの目の冴え方。


今ピアノ弾いたら、バッキバキにキマった音のピアノ弾けそう。」




「それなら運転任せても平気ね。」




「安全運転で参ります。」








帰りの道中。




「ねぇ、幸祐里。ウィーンどうだった。」




「一言で言うと、違う世界を知れた。」




「というのは?」




「私ここまで何かを一心に極めようとしてる世界を知らなかったかも知れない。


いろんなことしてきたし、それなりにうまくやってきたつもりだけど、ここまで本気で打ち込んだかって言われたら、うんとは言えないなって。」




「そうなの?」




「だって、たった三曲のためにウィーンまで行くんだよ?


レパートリー三曲とかびびったわ!」




「人様に聴かせられそうなのは三曲ってことね。」


その三曲とは言わずもがな、ラ・カンパネラ、鬼火、英雄ポロネーズである。


どの曲も難易度がインフレしてるのは気にしないでほしい。




「でもそういう風に打ち込めるって、すごいかっこいい。」




「でしょ?」

こう言われてこそピアノを練習している意味があるというものだ。

いや別にモテたくてピアノ弾いてるわけじゃねぇし。


「えっ?」


しまった、声に出ていたようだ。


「いやなんでもない。」




さゆりは不思議そうな顔をしていたが、なんとかごまかせたようだ。


ちょろいぜ。






「お、ついたよ。」




「あぁ。久しぶりの我が家…。」




「半月も離れたらそりゃ懐かしいわな。」




「ママにもパパにも妹にも吉弘くんの話いっぱいしよ。


集中してたから全然わからなかったと思うけど、ピアノ弾いてる動画めっちゃ撮ったんだよ。」




「おいまてやめろ」




「またないし、やめない。


じゃあ、またねー!」




ニヤニヤ笑いながらドアを閉められ、大きなスーツケースをゴロゴロと弾きながらエントランスに駆け込んで行った幸祐里。




「やられた…。」




しばらく落ち込んでいたが、気をとりなおして、おじさんの店に向かい、車を置き、お土産を叔父さんに渡す。




「おぉ、ウィーン土産…か?」




実は羽田空港で買った。




「そうそう、ウィーンみやげ。」




「これこの前カルディでみたような…」


なかなかに手強いぞ。


「ウィーン土産。」


ここはパワーで押し切る。


「えっ?」


くっ、しぶとい。


「ウィーン土産!!!!」


さらにパワーの上乗せだ!


「そっそうだな。


みんなでいただくとするよ。」


よし、折れた。


「是非是非!」




これ以上追求されるとややこしくなるので、颯爽と家路を急ぐ。






次回のシフト時に、土産話をするとしよう。


今回はもう疲れた…。




そのあと家に帰って、結局はまたピアノを頭の中で弾いて寝た。

やっぱり音楽は鳴りやまない。

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