第20話 幸せ



ザッハトルテを食べた後。






「美味しかったね。」




「めちゃくちゃ美味しかった。」

私はあまりの旨さに昇天しかけた。

いや、それは言葉のあやか。

これまで食べてきた甘いものの中で一番だったことは間違いない。



「じゃあちょっとぶらついて帰りますか。」

幸祐里の提案はかなり魅力的。

せっかく旅行に来たんだもんたのしまなきゃ。



「そっすn…あれ、どっかからピアノ聞こえない?」

私の耳はどこからか流れるピアノの音をキャッチした。




「ん?するかも。」




「こっち!」




なんかテンションが上がってきて、幸祐里の手をとって走り出した。

なんか後ろでもごもご聞こえるが気のせいだろう。




数分ほど走り出すと、地域の人が植えたのであろう鉢植えの花に囲まれたストリートピアノが置いてあった。






そこでは一人の男性が、気持ちよさそうに笑顔の人に囲まれてストリートピアノを弾いていた。




「すごい!」


思わず感嘆の声が漏れる。




「いい光景だね。」


持ってきているとは知らなかったが、幸祐里が一眼レフを取り出して写真を撮り始める。




その男性は、ピアノを囲む聴衆とまるで世間話をするように自然に弾く。

そんなつもりは全くないが、自分のピアノが傲慢に思えた。

聴け!というエゴがあるように思える。

音楽はこんな風に自然でいいのかもしれない。



彼の弾くピアノの曲調が変わった。


思わず体が動き出すような、アップテンポな曲だ。


それを聴いている人々も、誰からともなく踊り始めた。






すると、プラチナブロンドで青い目をした、天使のような、小さな女の子がトコトコとやってきて、踊ろうと言ってくれた。






そんなことってあるの!?


と思いつつ、小さなレディが差し出す手を取り踊り始める。


踊りは得意な方ではないが、人並みには踊れる。


むしろ、これくらい小さなレディの方が、変な気を使わない分丁度いいかもしれない。




気づいたら曲が終わっていた。


レディはまんぞくげに踏ん反り返って、手の甲を差し出した。




キスしろってことか!?


と思いつつ保護者を探すと、近くにいたお母さんが困った顔で笑いながらぺこりと頭を下げた。


仕方がないので、軽く、騎士が女王にするように口づけをした。




女の子もまさかしてくれると思わなかったのだろう。蓮かしくなったのか、顔を真っ赤にして走ってお母さんの後ろに隠れてしまった。




お母さんとレディの二人はその場を去ったが、お母さんだけが、去り際にこちらにウインクをしてくれた。



怒られなくてよかった。



そう思いつつ幸祐里の元に戻ると、なんかふてくされた顔をしていた。


「んっ!」

なぜか幸祐里が手を差し出している。


「どうした?」

とりあえず握って握手してみる。


「別に!!」

何かが違ったらしい。


「怒るなよ。」


「でもいい写真はたくさん撮れた。」




事実、幸祐里が撮った写真の中のみんなはとてもいい笑顔で、最高の写真ばかりだった。




とくに、最後の一枚の、私がレディの手の甲にキスしてる写真は、女の子の顔が真っ赤なのがよく写っており、コミカルでとても心温まる写真だった。






「吉弘くん、収穫はありましたか?」




「うん、表現にはこう言うものもあるんだなって。」




「よかったよ。」




「付き合ってくれてありがとうね。」


さゆりにもちゃんとお礼を言う。


「こちらこそ。」










side幸祐里




途中、吉弘が私の手をとって走り始めたときは何事かと思った。




えっえっ、と口に出したつもりはないが、多分出ていた。

何かを言おうとしたが、言おうとした言葉は口の中で消えていく。

漏れた言葉もウィーンの町中の喧騒に溶けていった。


なんだよもう恥ずかしいったらありゃしない。






でも、吉弘に連れられて、私が見た光景は、幸せそのものだった。


音楽が人々を幸せにするその瞬間を私たち二人は見ていた。




ピアノが歌う。とはまさにこのことだと思う。


旅行客も地元の人も、足を止めて、一緒になって音を楽しんでた。




吉弘くんも光景に目も耳も奪われていたようだった。






しばらくすると曲調が変わり、おもわず踊りたくなるような曲に変わった。


私はその光景を誰かにも見て欲しくて、シャッターを切りまくった。




いろんな方向にカメラを向け、シャッターを押す。


すると私はある光景からピントを外すことができなくなった。






ブロンドの少女に踊りを申し込んでいる吉弘くんの姿だ。


後から聞くと、あくまで踊りを申し込まれたとは言っていたが、私からすると踊りを申し込んでいるように見えたし、その方がなんというか、エモい。


だって王子様とお姫様じゃん。




一見コミカルなのに、女の子は大真面目。


吉弘もなんとなく厳かな顔をしている。




それがなんかとても心が温まる感じがして。


それをみていた周りの人も笑顔で、囃し立てるおじさんもいた。




幸せってこういうことか。


私はよく幸せについて考えるが、今腑に落ちた。






でも踊った後に手の甲にキスをするのはいただけませんな。






吉弘が帰ってきて、何怒ってるんだよとかいってたけど無視無視。

もしかしたら私にもしてくれるかもと思って手を差し出したら

普通に握手された。

違うだろ!!!!






でも怒ったふりって長くは続けられないね。


あえなく陥落して、すぐに元どおりになってしまった。






だって、吉弘と、この幸せな空気を共有できた事こそが幸せすぎるから。

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