第19話 柳井実季という女。


私は柳井実季。


都内にある有名私立大学に通う三回生。




背が低いのが悩みだが、もう諦めた。




最近面白い子を見つけた。

今年入学してきた子なんだけど、背が高い。


180くらいはあるかな?

いや普通にもっとあるか。






そんな子がホールの前できょろきょろしていて、コンサート行きたそうだったので、捕まえて連れてった。

大きい人がきょろきょろしてるのってかわいいよね。

大型犬みたい。


その時世間話で吹奏出身と聞いた。


見た目は全然ぽくないけど、話し方とか性格は吹奏ぽい。


後輩感がすごいもん。






演奏会が終わったあとに、携帯を開くと彼からラインが来ていた。


最高でした。


としか書いてなかったけど。

そういうところが吹奏楽部ぽい。

あざといな。





そこから何日が経つと変な噂が音研を中心に流れ始めた。


その噂は教育学部全体まで広がり、他学部までも巻き込んでいるらしい。






放課後のピアニストの噂。






なんじゃそりゃ。


と思ったが、かっこいい男の子が音楽練習室でピアノを弾いているらしい。


音研の生徒曰く、音がパワフルで、技巧派。


かなりうまいとのこと。




せっかく暇なので一人で行ってみた。






「おー、確かにうまい。学生でこれだけうまけりゃ…

ちょっと待てよ?」




あれ、今まだ練習室棟に入っただけだよ。


なんでこんなに音聞こえるのかな。


ドア開いてる?




いや、ピアノがめちゃくちゃ響いてるんだ。


しかも力任せに叩いて音が大きいんじゃなくて、楽器を最大限に響かせてるんだ。






この放課後のピアニストが練習しているであろう練習室に行ってみると見知った顔があった。




あれ、吉弘くんじゃん。


うまっ!




思わず部屋に乱入して話を聞いてみると、まだまだ初心者だという。


しかも楽譜すら持っておらず、ネットの無料配布の楽譜で楽しんでいるのだとか。

こりゃ月謝払って楽譜買ってピアノ買って、たくさんお金かけてるほかの子が泣くわ。

無課金でこれでしょ?

チートじゃん。






しかし、この才能を埋もれさせてはいけない。


そんな使命感に駆られたので、その日の夜には楽譜をメールして、紙の楽譜も用意して次の日に練習室に届けてあげた。

私は重課金ユーザーなのだ。

楽譜は山ほどある。


彼の成長が楽しみで仕方ない。





月日は過ぎて夏。

新入生は少しずつ学校に慣れ始めたころ。

私たち、音研は毎年大学で開催される浴衣デーにコンサートをやっている。


しかし、今年は問題が起きた。


ソロの一人が急遽出られなくなってしまったのだ。




いろいろと走り回ってなんとか都合をつけたが、30分だけどうやっても繋がらず、万策尽きたと思われたが、ふと思いだした。




吉弘くんだ。


もともと吹奏楽部でアルトサックス。


ソロコン出てましたって話は本人から聞いたことがある。

ダメもとで連絡してみるか…。





連絡してみるとなんとか受けてくれた。


怖いことを言われたがもう背に腹は変えられない。





吉弘くんはすぐに動いてくれて、タクシーでコンサートホールにやってきた。


手にはセルマーのアルトサックスが抱えられており、これだけで少し期待が増す。

よく見るとわかるがビンテージセルマーだと思われる。




軽く打ち合わせをしてみたが、

結局、選曲も楽器も全部彼におんぶに抱っこになってしまった。

任せてくれればこっちで何とかするとか男前すぎるだろ。

大型犬のくせに!大型犬のくせに!!!



はぁ…九兵衛のお寿司っていくらするんだろう…。

音研の経費切らせてくれるかな…。





音出しで彼の音を聞きたかったが、それは却下された。




でもそんな心配とか、不安とかは意味のないことで。

結局、結論から言うと彼のサックスはすごかった。


色気があって、泣きがあって、伸びがあって。


この間まで高校生だったような子がどうしてこんな音を出せるのだろうと不思議に思った。

それは音研のみんなも同じだったみたいで、みんな彼が何者か知りたがった。





「もしかしてなんですけど、彼って藤原吉弘さんですか?」

音研の新一年生のサックスの女の子が彼のことを知っていた。




「そうだよ??知ってるの?」




「知ってるもなにも!!!!」




「有名なの?」




「私たちの代の高校生の中で一番うまいサックス奏者です。」




「「「「えっ!!!!」」」」




「多分私たちの代で吹奏楽やってた人で知らない人いないですよ。


高校三年間全国金賞で、三年のソロコン全国が終わった後、交響楽団とピティナの最優秀の子と共演した男子高校生って知りません?」




「あぁ、なんか聞いたことあるかも。」




「それが彼です。」




「「「「えぇー!!!!!!」」」」




「プロにならなかったの?」




「噂だと有力私立音大からは軒並み推薦来たらしいですけど全部蹴ったらしいですよ。」




「そうなんだろうねぇ。


だってうちにいるんだもん。」




「でも私たちの代のサックス吹きの中では憧れの方ですよ…。


まさかまた藤原さんのサックスが聞けるとは…。」






「でも同級生なんだから友達になればいいじゃん。」






「そんなの恐れ多くてできませんよ!!!!!!」




「そ、そうなんだ…。」




「高校の時の部活のメンバーに教えてあげなきゃ!!!」




余談だが、その翌年は新入生の音研のメンバーが爆増したのだが、無関係ではないだろう。




私はそんな音研メンバーの話もどこか上の空で聞いていた。


その時の彼の素晴らしい演奏に心を奪われてしまったのかもしれない。


その日から暇さえあると彼のことばかり思い出す。


彼の音は私の心の奥深くに突き刺さった。






なんか変に意識してしまって、彼のところに気軽にいけなくなってからしばらく経つ。


すると突然スマホが鳴った。


吉弘くんだ。




心臓が跳ねた。


なんとか平常心で電話越しに会話ができている。






そしたら旅行に誘われた。




もう落としにきてますやん。


あんさん、もう私を落としにきてますやん。




しかも来週。


しかもウィーン。


めーっちゃいきたい。






でも演奏旅行と日程だだ被り。


悔しい。


悔しい。






そしたらなんか他の女誘うとか。






なんで!?


もう、なんでなん!?!?


なんでうちじゃなくて他の女なん!?!?


来いって言ってくれたら行くのに!!!




演奏旅行ほっぽり出していくのに!!!!




いやそれダメか。




今回は仕方ないな。


その他の女とやらに吉弘くんを譲ってあげよう。


次回は絶対譲らないからね。




〜〜〜〜〜〜

本日公開分のページにて、予約更新の日付ミスにより、約1ヶ月先の話が投稿されるという事態が起きてしまいました。

大変申し訳ありません。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る