第12話 ある音楽好きな女の子の話。

今日は浴衣デーだから気合い入れていかなくっちゃ。

周りの子たちも相当気合入れてくるみたいだし。




私はこの日のために新調した浴衣で、髪もしっかり巻いて、学校に向かう。

靴はあえてのブーツ。大将っぽくて素敵でしょ?


大学入って初めて買って、大事にしてるんだ。

チェリーレッドのマーチンのブーツ。





「おはよー。」




「おはよ!」




いつも通りのたわいもない話をしていると、構内でコンサートが行われるという話を聞いた。






「ねぇ!ちょっと行ってみない?」


わたしが誘うと、みんなも乗り気だった。




「もしかしたらあの子いるかもね!」


私は密かに楽しみにしていることがある。




「あの子?」




「しらない?」




「誰?」




「放課後のピアニスト!!」




「あぁー!


あの恐ろしくピアノがうまいイケメンの話!」






「そうそう!」




「確かに会えるかも!」




「会ってみたーい!」




私以外の二人はよりやる気を増してコンサートホールに向かう。




すると、周りにも似たような感じの、放課後のピアニスト目当てらしい人の姿が多い。




「周りもそうだったりして。」




「絶対そうだよ。」




「集客力あるなぁ。」




三者三様のリアクションをしつつ席に着く。


しばらくすると客席の明かりが落とされて幕が上がる。




するとそこに立っていたのはサックスを抱えたイケメン。




「あの子?」




「でもサックスだよ?」




「サックスもできるのかな?」




期待に胸が膨らみ、今にもはちきれそうだ。

いや、ほんとにそれくらい大きくなってくれてもいいんだよ?

この子はいつになったら大きくなってくれるのかな・・・



おもむろに彼がサックスを構えて、吹き始める。



彼が音を出す。


私だけじゃない。

おそらくコンサートホールの全員がそうだったと思う。



彼が音を奏でたその瞬間、私たちは彼の世界にいた。

信じられない。きっとみんな同じ景色を見ていたんだと思う。




ある時は映画の中にいたし、ある時はジャズの聖地ニューオーリンズの街の中にいた。


まるで世界中を一瞬のうちに旅行したみたいな満足感がある。






溢れそうな満足感と、もっと聴きたいという不満足感が同時に私の心を占拠する。




彼が演奏を終えると私は周りの拍手で目が覚めた。


一緒に来た友達の二人を見渡すとまだこっちの世界に帰ってきていなかった。


二人の肩をゆすり、覚醒させる。




「「はっ!!」」




「すごかったでしょ。彼。」




「いや、もうすごいどころか…。」




「ファンになっちゃった…。」




「出待ち行こうか。」




「「行く!!」」








裏口に回ると、すでに人だかり。

やられたか・・・

まさか同じことを考えている人がこんなにいるなんて。


肝心の放課後のピアニストは

結構待つかと思ったらすぐにでてきた。




「いや、浴衣姿、尊み秀吉。」




「よだれ出る。」




「彼のサックスになりたい。」




三人ともおかしなことになっているが、しかたない。


それくらいカッコよくて、可愛くて、キュンキュンだった。






私たちを含めて、みんなのキャーキャーがほかでもない彼自身に向けられていることにやっと気づいた彼が赤面していたとかなんかすごかった。


鼻血出るかと思ったもん。



軽くはにかみながら手を振って、そそくさと

タクシーに乗る彼を見送ると、三人で近くのスタバに入る。




「や、いいもの見させていただきました。」




「ご両親、いー仕事してますねぇ。」




「眼福でした。」




「こっそり応援しよう。」




「そうしよう。」




「ファンクラブでも作るか。」




「よし、賛成。」




「異議なし。」




「私も入る。」




「「「えっ?」」」




すると、周りから似たような声が次々と上がり始めた。




そう、このスタバには先ほどの演奏を聴いた若い女子たちがたくさん流れ込んでいたのだ。




そこでのみんなの話し合いの結果、ファンクラブができ、なぜか私が会長に収まってしまった。






このファンクラブが、後々、本大学最大の学生団体となるのだがそれはまた今度の話。

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