第11話 コンサート

今日は大学の浴衣デーだ。


なんでも学生団体が主催してて、留学生がより日本文化を体感できるように設けている日らしい。




最近の冷めた大学生は鼻で笑いそうなものだけど、案外これが盛り上がるもので、在学生の6〜7割が浴衣で通学してくる。




例にもれず、私も浴衣で通学している。




浴衣なので今日は自転車は家に置いてきて、歩きで通学だ。


梅雨も明けて、そろそろ夏が本格的に始まった今日この頃。


浴衣はなんだかんだ涼しいので有り難い。




せっかくだからと、この日のために買った本麻の浴衣に、博多織の角帯を合わせて、京扇子を仰ぎながら大学へと向かう。






大学が近づくと、だんだんと浴衣の人が増えてくる。






「ここだけ明治時代みたいだな。」




なぜか浴衣にマーチンのブーツを合わせてる人などもあり、それはそれでいいかもと思いながら講義室に向かう。






恙無く二限の講義が終わり、昼飯を食べようと思い講義室を出たところで最近買い換えたiPhoneが震える。




「あ、実季先輩からだ。」




もしもし?と出ると焦った声色の実季先輩。




「もしもし?吉弘くん?今日昼から空いてる?」




「空いてますけど?」




「急遽で悪いんだけど留学生のコンサートでてくれない?」




「えぇ…。」




「お願い!なんでもするから!」




「なんでも…?」


口角が上がるのを抑えきれない。






「う、うん、なんでも…。」




「いいでしょう。何をしてもらうかは後で言います。


楽器はピアノですか?」




「こ、怖いよ、吉弘くん。


あと、楽器はできたらサックスで…。


アルトはこちらで用意があるので…。」






「わかりました、家に帰ってから楽器持って行きますんで用意は大丈夫です。


1時にコンサートホールで大丈夫ですか?」




「ほんとに!?


ありがとう!その時間で大丈夫!


出番は2時くらいだからお願いします!!」




「はーい。


この貸しは高くつきますよー?」






「が、頑張ります。」






そうと決まれば急いで家に帰らなくては。


折良く流していたタクシーに飛び乗り家まで行く。


多めに払って待っていてもらい、部屋から楽器ケースだけ持って急いで駆け下りて、タクシーにまた乗り込み、大学のコンサートホールに向かってもらう。






「ありがとうございましたー。」


タクシー運転手さんの声を背にして、どうもー、と返しつつ裏口の出演者入り口に入る。

領収書をもらっておくのは忘れない。

一応ね。


1時とは言ったが12時40分には着いてしまった。






そのまま楽屋まで行くと実季先輩がいた。




「お疲れ様です、実季先輩。」




「早っ!


いや、ありがとう!本当に!」




「まぁ貸しですからね。


それで曲は?」




「それなんだけど、ソロで出番作るから30分くらい繋げられない?」




「あ、そうですか。


さらに貸しを作ってくれるんですね、実季先輩は。」




「そうなりますぅ〜。」


実季先輩が泣きそうな顔で、目をウルウルさせてこちらにすがりついてくる。




「晩御飯で手を打ってあげますよ。」

私はそんなことでは騙されないぞ。

先輩かわいいけど。



「本当!?!?」




「銀座の九兵衛で。」




「あがががが。」




「じゃ音出ししてきますんで連れてってくださーい。」




「はぁい…。」




九兵衛の寿司に心躍らせつつ、今回のコンサートでは音出し室になっている練習室に向かう。




実季先輩は曲目を聞いてくる。


「今日は吉弘くんなにやるの?」




「とりあえずジャズとポップスかなー。」




「すごいね!そんなのもできるんだ!」




「ほとんど宴会芸ですよ、こんなの。」




「中高と吹奏楽部だもんね。それくらいは余裕か。」




「まぁ時間繋ぐだけですから。」




「本当ごめんね、ありがとう。」




「九兵衛がかかってますこらね。気合い入れて頑張ります!」




「私はお金おろしときます…。


あ、ここよ、音出し!


出番はド頭の一番手!だから出番まで存分に音出ししてくれていいよ!」




「他はどこが出るんですか?」




「吹奏楽団と、ビッグバンドと、後ソロがちらほら。」




「実季先輩は?」




「私司会と、ピアノで最後の吹奏楽団とのコラボ。のだめやるのよ、のだめ。」




「あー、ぽいぽい。大学生ぽい。」




「でしょ?」




「わかりました。じゃ音出しするんで、出て行ってください。」




「えっ!」




「出番はちゃんとやりきりますから!


出番前になったら呼びにきてくださいね。」




「聞きたかったのにぃ〜。」




「楽しみは後で。」




「はぁーい。」




実季先輩が部屋を出ていくのを見送った後で、防音扉をガッチリと閉める。




さ、やりますか。


心の中で独り言をつぶやいて楽器を組み立て、気持ちを作り上げていく。




人前でアルトサックスを吹くのは高3の冬にソロコンテストの全国大会とその後のピアノ競演で吹いて以来約4カ月振り。




ちょこちょこ鈍らない程度には吹いていたが久々に人前で吹くのでやはり緊張はする。




リードを調整してストラップを首からかけて楽器を吊るすと音出しを始める。




中音域からだんだんと音を広げていく。


みんなはどうか知らないが、自分はそうやって音出しをするのが好きだ。


だんだんと世界が広がっていくような気がする。






「あぁー、サックスやっぱり好きだなぁ。」




音が心に沁みてくる。


それと同時に音楽の海に沈んでいく。






「吉弘くん出番だよー。」




「えっ。」




「もう出番の15分前だよ。」




「あぁ、もうそんな時間か。」




「よし、行こうか!」




「はーい。」




幕が下された舞台の真ん中に案内されて、出番を待つ。




客席の光が落とされたのだろう、ざわめきが収まる。


静かに幕が開いて客席の注目が自分に集まる。


みんなが俺.に注目している。




あぁ、気持ちいい。


俺の音楽を聴いてくれ。

最初の曲はIn the moodから。

















万雷の拍手でふと我に返る。


あぁ、終わったのか。




お辞儀をして袖にはけてステージを降りる。






「すごいすごいすごい!!!


吉弘くんすごい!!!!」




「えっ?」




「そんなすごかったの!?!?」




「なにが?」




「サックス!!!」




「あぁ、なるほど。」




「プロにならないの?」




「なりませんよ。というか、なれません。」




「そんなに上手いのに?」




「上手いだけじゃね。


自分より上手い人はごまんといますし。」




「えぇ…。」




「実季先輩もうまいだけじゃ飯食えないのはよーくわかってるでしょ?」




「まぁ…。」




「でもほめてくれてありがとうございます。」




「また聞かせてね?」




「機会があれば。」




「あとみんなが吉弘くんと話したいって。」




「え?」




え?と振り返ると同時に音楽研究会のメンバーからもみくちゃにされる。




「楽器!今楽器待ってるから!!」




「「「「あぁ。」」」」




楽器を近くの机に置くと、みんなから質問責めにされる。




あわあわしていると実季先輩が、声をかけて散らしてくれた。




「助かりました。」




「これも貸しってことで。」




「いいでしょう…。」

あえて尊大にふるまって見せる。



「えらそうに。」




「すいません。」




「じゃわたし戻るから。」




「はい。ありがとうございました。」




「こちらこそ無理聞いてくれてありがとう。


あと、吉弘くんのファン第一号はわたしだからね?」




「???」




最後の言葉の意味はよくわからなかったが、控え室で楽器の掃除をして、ケースにしまうと、家に帰ることにした。




楽器を掃除している時からなんとなく視線をずっと複数の方向から感じる。


居心地が悪い。




そそくさと控え室を後にして裏口を出たところで、実季先輩の言葉の意味を理解した。




裏口に人だかりができており、そこを通ると黄色い声援が飛び交うのだ。


まるでアイドルの出待ちだ。




誰かいるのかと周りを見渡してもそこにいるのは自分一人。




この歓声が自分に向けられているのに気づいて赤面してしまった。


楽器がある時なら無敵感があるので平気だが、シラフの時にされると恥ずかしくて恥ずかしくてたまらない。




すぐにタクシーを捕まえて家に帰る。






「ひどい目にあった。」




演奏よりもその後の方が何倍も疲れた。




楽器をクローゼットにしまうと浴衣を脱ぎ捨て、風呂に入る。


変な汗をたくさんかいたのでそれを流すためだ。






いつもより少し熱めの湯を張り、体を洗ってから入る。




「アァー!!!!」




あまりの気持ちよさに声が漏れる。




風呂でしばらくボーッとして、風呂から上がるとバスローブを纏い、冷蔵庫からお気に入りのりんごジュースを取り出し、近くの雑貨屋で見つけて一目惚れしたグラスに注いで、窓から景色を眺めながら飲む。




15階建マンションの13階なので眺めもわりと良い。






「あぁ、最高かよ。」


飲み終わると、先ほど脱ぎ捨てた浴衣を手入れして、バルコニーに干す。




まだ5時にもなってないので、洋服に着替えて自転車で銀座のおじさんの店に向かう。


今日はレッスンが入っているのだ。








「お疲れ様です。」




「お疲れ様です藤原先生。今日も三コマよろしくお願いします。」




「はい、お願いします。」


タイムカードを押してからロッカールームに向かい、ウェアに着替える。




今日のレッスンは、またあのヒナさんだ。




「こんにちは〜せんせぇ〜。」




「はい!こんにちは!


今日もよろしくお願いします。」




「はぁ〜い。」










いつも通りレッスンをこなすと、もう夜も更けた。


ロッカールームでウエアをランドリーボックスにぶち込んでからバーコーナーのカウンターに座る。




「ヨシ、お疲れ様。」




「あ、オーナーお疲れ様です。


まかないお願いします。」




「はいよ。」




「今日はキーマカレーだ。」




「好きだろ、カレー。」




「はい!」




めちゃくちゃ美味しいキーマカレーを食べると、いつも通り自転車で家に帰って、シャワーだけ浴びて寝る。




今日もいい一日だった。

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