第4話 ちょっとした気づき




「今日もピアノ弾いて帰りますかね…」




初めて本格的にピアノを弾き始めてから数週間が経った。


入学した当初の肌寒い日も多かった気候から、ゴールデンウィークが見えて学内がにぎやかになり、そろそろ汗をかき始めることもあるような気候に変わった。

大学の同級生たちは授業が繰り返される日々にも慣れが出始めていた。

ときどき免許取るだの取らないだの、そんな話も聞こえる。


私は大学受かってすぐに取得した。

もちろんマニュアル免許だ。

私が育った田舎では軽トラを動かすことも多く、オートマ限定の免許を取るのは

甘えとされ許されなかった。

そんなん言うたかて世の中のほとんどの車オートマやないかい。





かくいう私も、だんだんと大学での過ごし方がわかり始め、時間的余裕も出てきたので大学には、お弁当を持っていく余裕まである。




その日の最終授業をキャンパスで受けた後、私は練習室に向かう。




ピアノに初めて触れてから、毎日10時間近くの練習を休むことなく続けている。


側から見れば少し異常なのだろうが、私としては新しい趣味にハマると毎回こんなものなので特に苦痛とは感じていない。


むしろ1つ1つの音を出すこと自体が新鮮な気持ちだ。




昔、絵を習い始めてすぐの頃は、絵を描くことが楽しすぎて、寝食を忘れて絵を描きすぎて体を壊したことがある。


散々両親からは睡眠や食事の重要性を説かれたが、幼かった私には理解できず、結局倒れてしまい両親に迷惑をかけた。


そのことを教訓とし、今ではちゃんと食事も睡眠もとっている。

だからいいでしょ。






最近はハノンに加え、ツェルニー練習曲というものも練習に加えた。


インターネットで調べてみると、100番というものが初心者には良いらしい。


インターネットで無料楽譜があったので早速ダウンロードした。

私は無料という言葉にとことこん弱い。



弾いてみるとこれがなかなか難しく、余計にやる気が出てきた。


ツェルニーをマスターすれば、ショパンの曲も弾けるようになる。


というのがこの練習曲の謳い文句らしい。

ショパンは知ってるぞ。

難しいんでしょ。





今日も今日とて、長時間の練習を続けていると、防音室のドアの覗き窓から人がのぞいていることに気がついた。




「ヒッ…!!!!!」


覗かれるとは思っても見なかったので変な声が出た。


「ヒッ…!!!!」


向こうもバレるとは思ってなかったのだろう、引きつった顔をして逃げていった。




「なんだったんだろう…?」


疑問に思いながらも、あらかじめ買っておいた冷たい缶コーヒーを飲み、練習を再開した。




また夜の12時をすぎたところでそろそろ手が痛くなってきたので練習を切り上げた。






「そろそろ夏が始まるねぇー」

練習室の建物を出ると都会の甚割とした熱気が感じられる。

私にとっては初めての都会の夏に一つ一つ感動している。


独り言をこぼしながら授業のテキストと楽譜が入ったリュックサックを背負い、自転車でスーパーに直行する。




「お、もやしが安い。トマトも安い。




ナスはまぁまぁか。カレーにしよう。」




今晩のご飯のメニューを早々に決め、そのほか無くなりそうな生活用品と安くなっていた生鮮食品を買いあさり、リュックの中をパンパンにして家に到着した。




家に入ると、スマホをスピーカーに接続し動画サイトのピアノの動画を流し始め、購入した物品の仕分けを始める。




「なんかセレブっぽい生活してるなぁ。」




そんなことを思いながら仕分けを終え、食事を作る。


食事を作りながらも頭の中はピアノでいっぱいだ。


風呂に入っても、寝ていても、授業を受けていてもピアノのことしか頭にない。




「できました、初夏の夏野菜カレー」




黙々とカレーを食べながら、インターネットで動画を漁る。




「みんな上手いなぁ…


こんな風に自分も弾けるようになりたいなぁ。」




見よう見まねで指を動かしてみる。




「あれ?動く。想像の中でだけど音もちゃんと一致してる。




もしかしてだけど少しは弾けるようになってる?




いやいや、慢心はケガの元。練習しよう。」




相変わらず頭の中ではピアノが鳴り続けており、夢の中でも練習しながらその日を終えた。




昨日見た動画に触発されて気持ち良くなりそうだったが、自分では慢心しないようにいつも通り練習しているつもりだった。

しかしその日から練習の密度は逆にさらに増した。


授業がない日でも学校に通いピアノを弾き続け、土日の休みもバイトの時間以外は常に学校でピアノを弾き続けた。

そのせいか常に腱鞘炎気味なのでオーバーワークには気を付けたい。




その練習もただ弾くのではなく、上手い人の演奏を聴き、様々な媒体で効率のいい練習を探し、いろんなものを試した。


それにくわえて、中学高校時代に培った音楽的センスや基礎知識のおかげでとても実りある練習を続けることができた。


受験期には距離を置いていた音楽が急速に距離を詰めてくる。

しばらく聞いてなかったCDも大量に聞いている。

最近は実家からとんでもない量のCDを送ってもらって、暇を見てデジタル化している。

これがあるといつでも音楽を聴くことができる。

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