第5話 あるピアノ好きの女子大生の話

「さ!今日も練習しなくちゃ!!!」




私は都内の某有名私立大学に通う女子大生。


自分で有名というのもなんだか気がひけるけど、自分はこの大学を知名度で選んだから仕方ない。


ちっちゃいころからピアノが好きで、物心ついた時には既にピアノを弾いていて、大学進学も音大にするかどうか迷ったけど、最終的には潰しがきく普通の大学に進学した。

でも音楽の先生の道はあきらめてなくて、ちゃんと教職課程もとっているよ?

ピアニスト?無理無理。

あんなのは選ばれた人がなるのよ。

私じゃ無理だよ。

好きだけじゃなれないの。



とは言いつつも、ピアノの腕はある。

日本一とは言わないまでも、それなりに上手い自信はある。


コンクールに入賞したことは何回もあるし。


いつどこで誰に発表しても恥ずかしくない腕前なことは確かよ。




そんな私は今日衝撃を感じた。




「あれ、これツェルニーの練習曲…?




え、なんでこんなとこまで聴こえてくるの?」




私がその音を聞いたのは練習室棟に入ってすぐのエントランスだ。


一番近くのピアノ練習室まではそれなりに距離があるし、何より練習室には分厚い防音扉が付いている。




近くまで行くと、その音は三階の一番奥から聞こえていた。


近づくとバンバン音が聞こえてくる。

防音扉を突き抜けて聴こえてくる。




「うわー、すごい。


音がすごい。


芯がはっきりしてて、太くて、重くて中が詰まってる音がする。

何というか、音で殴られているみたいな・・・。

この感覚・・・

あ、ロックバンドのライブみたいな。

腹に響く感じ。


でもいい音なだけじゃなくて、曲想も表れてる…。




ツェルニーの100番だけど、完成度がすごい…。




え、あの人見たことない。


誰だろ?


こっち向け…!


こっち向け……!!




あ、ちらっと見えた、え、イケメン…


え、肌白っ!


え、かっこよ!






ヒッ……!!!!!」




向こうもこっちに気づいた。

私もそれに驚きすぎて焦って走って逃げた。




「いやー、走って逃げちゃったけどイケメンだったなぁ。




お近づきになりたいな。」






私は空いている近くの練習室に入って、練習した。


なんとなく小指の筋肉が弱くなってる気がして、鍵盤の打感が違ったのが気に食わなくてなんども練習したら指が痛くなった。




「そいえばあの人、全部の指の音が全部同じだったな。




どんな筋肉してるんだろ?」




その日はなんとなく気が散って練習に身が入らず、気分が上がらなかった。






夕方になり、そろそろ疲れたなー、お腹減ったなー、帰ろーと思い荷物をまとめて練習室を出る。




すると例の彼が使う練習室はまだ煌々と明かりがついており、漏れ聞こえてくる音はむしろ張りとツヤを増していた。




「いや、私より前に練習始めて、私より後に帰るってどんだけ練習すんのよ。




これでも6時間ほど弾いてたんだけどなぁ。」




私は心の中で彼を放課後のピアニストと名付けた。


大学生だし、放課後っていうのもなんか変だけど、どことなく幼い顔でTHE・学生っぽいし、もうすぐ夜だけど今夕方だし、なんとなくこのネーミングが気に入った。

響きがいいよね。




「じゃあね、放課後のピアニスト君。




また演奏聞かせてね。」




聞こえないようにそう呟いて、インスピレーションを刺激された私は、またピアノがさらに好きになった。




〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜




「ねぇ!聞いて聞いて!




昨日さ、練習室で見かけた人なんだけどさ…」






吉弘の知らないところで、放課後のピアニストの名前はひっそりとゆっくりと広まってゆく。




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