未来永劫
三鹿ショート
未来永劫
私が誕生した頃には、既にそれらは存在し、同時に、全ての人間に付きまとっていた。
ゆえに、それらが常に隣を歩いていようとも、私が特段の感情を抱くことはない。
だが、私の父親の話によると、当初は鬱陶しさと共に、恐怖を抱いていたらしい。
突然、地中から現われたそれらは、無言で人々に付きまとい始めた。
常に無言であり、常に無表情だったゆえに、気味が悪いことこの上なかったが、その状態を維持しなければならないと、やがて気が付いたようだ。
何故なら、それらが言葉を発し、表情を変化させたとき、付きまとっていた人間の生命活動が終焉を迎えるためである。
では、どのような場合に変化するのかといえば、付きまとわれていた人間が何かしらの悪事を働いたときだった。
他者の目が存在しようとも悪事を働くような人間は、それらが付きまとっていたとしても問題を感ずることはなかったらしいが、他者の生命を奪った瞬間、その悪人もまた、それらによって身体を貫かれ、生命活動を終了させることとなった。
背後から突き刺されたそれらの手には己の心臓が握られており、それを確認すると同時に、持ち主の息の根は止まるのである。
その事実に誰もが震えたが、悪事とは無縁の生活を送る人間にしてみれば、むしろ朗報だといえよう。
悪事を働く人間が生命を奪われるというのならば、この世界が平和と化すということになるからである。
話を聞いたときに、私はそのようなことを考えたが、父親は別だった。
「どのような行為が彼らの逆鱗に触れるのか、分からないのである。それに加えて、彼らが過去の行いにも言及するかどうかも分からない。背中に常に刃物を突きつけられているというこの状況が何時までも続くということを思えば、気が狂いそうになるのだ」
それは、父親に疚しいことがあるからではないか。
そのことを問うたが、私に付きまとっている存在は、何の反応も示すことはなかった。
***
学生という身分を失うまでに、私の知り合いの何人かがこの世を去ったが、それは悪事を働いたゆえの当然の末路であるために、何の感情も抱くことはなかった。
その一方で、私は一人の女性に夢中になっていた。
大学で知り合った彼女は抜群に佳人だというわけではないが、それでも、私は彼女の一挙手一投足から目を離すことができなかった。
これが恋心では無ければ、何と呼ぶのだろうか。
しかし、私は女性との交際というものを経験したことがなかったために、何時、どのようにして彼女に想いを伝えるべきのかが分からなかった。
私に付きまとっている存在に訊ねようとしたが、答えるわけがないと考え、口にすることはなかった。
***
年齢を考えれば、子どもを作るにはそろそろ行動しなければならないだろう。
幸いにも、彼女には恋人が存在しておらず、学生の頃から私と交流し続けてくれていることを思えば、私のことを嫌っていることはないはずだ。
ゆえに、私は勝負に出ることにした。
彼女を食事に誘い、しばらく飲食を続けた後に、私は想いを伝えた。
私の言葉を聞いた彼女は目を見開いていたが、やがてその口元を緩めると、
「ようやく、言ってくれましたね。その言葉を待っていました」
あまりの喜びに叫ぼうとしたが、私は言葉を発することができなかった。
何故なら、私の身体を、一本の腕が貫いていたからだ。
その先の手には肉の塊のようなものが動いており、やがてそれが己の心臓だと気が付いた。
だが、問題はそれだけではない。
彼女もまた、私と同じように、身体を貫かれていたのである。
これまでのやり取りにおいて、何かしらの問題が発生しているとは考えられなかった。
しかし、私は其処で、一つの可能性を想像した。
それは、かつて父親が口にしていた、過去の行いという言葉である。
もしかすると、父親はかつて母親を裏切り、そして別の女性との間に子どもを作り、その子どもというのが、眼前の彼女なのではないか。
血が繋がった二人が恋人同士と化すことなど看過することはできないということで、私だけではなく、彼女もまた、その生命を奪われてしまうこととなったのではないだろうか。
自分でも飛躍しているとは思うが、それ以外に、私と彼女が同時に生命を奪われる理由が考えられなかったのである。
だが、どのような理由であろうとも、我々がこの先も生きることができないということに、変わりはない。
次の人生では、彼女とは血が繋がっていないことを祈りながら、私は目を閉じた。
未来永劫 三鹿ショート @mijikashort
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