第20話 エルフ、理想的な集団のあり方を見つける
「これはこれは専務じゃありませんか! 店舗まで視察にいらっしゃるだなんて、随分と仕事熱心ですね」
「君は、確か八雲野くんだったか」
「まさか自分みたいな末端の社員の名前を覚えていてくださるだなんて、嬉しいですねえ」
俺は、事務所で営業売上を確認して怒りに震える専務の顔を見て、心の中でほくそ笑んだ。
『やっくん! サボってないで早くホール戻って! 出玉アピール・空き台清掃・計数! あとトイレチェックも! やること目白押しなんだから!」
『ああ、悪い菜々女! もうちょっと頑張ってくれ』
インカム越しの会話を一方的に打ち切り、俺は専務を見つめる。
「客入りもさることながら、出玉の方もとても景気が良いね。こんな営業をしていて、利益が取れるとは思えないのだがね」
「あー、そうですね。利益取るのは無理っすね」
「君は……営業の意味を理解していてそんな台詞を吐くのか?」
「そりゃそうでしょ」
肩を竦めて、俺は小馬鹿にするように笑う。
「――だってあんたが達成しろって言ったのは売上だけだから。利益なんて、追求する訳がない」
経営者としてその方針を許容しきれないのか、未だに梨好瑠さんは苦い顔をしている。
「もちろん俺も会社員の端くれだ。赤字営業は良くない。それは専務と意見が一致します。だから、赤字だけは出さない営業はしてるじゃないですか? 見たでしょ、営業記録」
「……っ」
歯を食いしばって怒りをこらえているように見える。
おお、こえぇ。夜道で出会ったら死を覚悟する迫力だね。
「帳票を確認させてもらうよ」
そう言うと専務は、梨好瑠さんから釘幅と設定の数値が乗っている紙の束を受け取る。
「……馬鹿げてる。こんな配分で赤字にならないなど、ありえないだろう!」
「いやいや。げんに赤字営業は避けてるじゃないですか?」
本当に赤字を避けてるだけだけど。
俺は、ホールコンの数字をチラチラ見ながら、赤くはなるなよと祈りつつ専務と向き合う。
「まさか特殊景品の交換率を勝手に変更したのか!?」
「あー。それも候補の一つだったんすけど、さすがに簡単には行かなかったんで諦めたんすよ」
俺は、憤る専務に対して、ちょっとだけ種明かしをしてやることにした。
親機を弄って、インカムの会話をスピーカーにセットする。
すると、騒々しい店内を駆け回るスタッフの名前の声が事務所に聞こえるようになる。
『六六番台連チャン終了! ――流します』
「……まさか」
ハッとした顔で、専務が俺を見つめる。
「はい。お察しのとおりです。俺達が取った施策は」
専務は店内の監視カメラの映像が映る大型モニターを見ながら、驚愕の表情をする。
連チャンが終了した席の客が、遊戯を続行するために、現金をサンドに入れる姿を見て、からくりを理解したようだった。
「――貯玉・貯メダルでの再プレイ禁止と1回交換です」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
「原価を使って客を呼ぶ。そして、会員カードによる再プレイを禁止し、一回交換という秘策を用いて現金投資を促す。ここまでは理屈としてはわかった。だが、大前提として大きな問題が残っている」
おお、こわっ。もう敵意隠す気ないね、この人。
目の前にいる専務が俺を睨んでいる。震える膝を気合で元気づけて、俺は不敵に笑ってみせた。
「そもそもどうやって原価を使っていることを客に伝えたんだ? 大掛かりな告知なんて打てないはずだが?」
「そいつはいくら専務と言えども教えられませんね。営業機密ってやつですよ」
「ふざけるな! まさかとは思うが先日の那賀押店長の二の鉄を踏むような真似をしたんじゃないだろうな!」
威嚇するように怒鳴る専務。
「まさか。天地がひっくり返ろうと、二度とあんな失態は晒さないですよ」
酷い、と、ボソリと呟くのは梨好瑠さん。いや、あれはあんたが悪いから大いに反省してくれよ。
「俺がいる限り、この店が警察の厄介になるようなことは、二度とない。だから安心して任せてくださいよ、専務」
じりじりと、二人でにらみ合う。
まるで時間が止まってしまったみたいに、お互い動かない。
梨好瑠さんが息を呑む音さえ聞こえるような静寂。
一生続くんじゃないかと思う、長い長い時間は。
「……まあいい。まだ半月ある。それまでの店の調子が落ちて目標未達などという事態になれば、迷わず潰す。わかったな?」
「はいはい。もしそんなことになったら、潔く手を引きますよ」
捨て台詞を残して専務はやっと店を後にした。
彼の姿が見えなくなった瞬間、事務所内の重力が宇宙空間みたいに軽くなったように感じた。
「さすがに迫力あるなあ。本社のお偉いさんだけはある」
「連くんね。わざわざ怒らすような言い方しなくてもいいでしょ!」
「そう言いながら嬉しそうにしてる店長さまの態度も、どうかと思いますけどね」
「え~。これは部下が困難に立ち向かう姿を見て誇らしく思っただけだし?」
「なんじゃ? 面白いことがあったような気配を感じたが」
食事休憩を終えて事務所に顔を出したラピス。
専務に黙っていたが、こいつこそが今回の作戦の要だ。
そう。全てはラピスの発案から始まったんだ。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
「魔法で設定漏洩する?」
「うむ。さすれば客が呼べる。客が呼べれば売上が上がる。ほれ、妙案じゃろ?」
「それは、そうだけど。利益はどうすんだよ? 設定使って釘開けて、確かに現金は搾り取れる。けど、赤字が嵩んで終わりじゃねーのか?」
「知らん!」
「知らんって……」
「我を誰じゃと思っておる? 異世界、エルフ、じゃぞ? ここまでしてやるだけでもありがたく思うがいいぞえ?」
それとも他に良い案でもあるのかえ?
ラピスの問いかけに、誰も答えることはできなかった。
「ねえ、やっくん。……利益は諦めちゃ駄目、なの?」
「そりゃ、商売する以上利益出さなきゃ、何のために営業するって話になるだろうが」
「そ、そこをほら、交渉するとかしてさあ」
「交渉たって、俺みたいな末端じゃそもそも交渉のテーブルに付けないし。そういうのはもっと偉い、たとえば――」
「……え?」
ふと、俺の目に、店長、の顔が入った。
「菜々女。お前、四半世紀に一回くらいは、いいこと言うじゃねーか」
「そ、そう? えへへ。褒められちゃった♪」
「菜々女よ。そこで喜んでしまうのが、お主の弱いところじゃぞ」
「梨好瑠さん。さすがに店長のあなたからの直談判なら、上層部も無下にはしないだろ。そこで、どうにかして『売上』だけの勝負に持ち込んで欲しい」
「む、無茶言うわね。運良く『利益』無視した成績を残すって方向に誘導できたとしても、赤字営業までは許容してもらえないわよ?」
「そこは、一応考えがある。一ヶ月だけ、再プレイの禁止と、一回交換で営業するんだ」
「そ、それって……つまりどういうこと?」
「菜々女よ。お主、そういうところが、以下略」
異世界エルフがロジックを理解してるのに、現地人がちんぷんかんぷん。
うーん、このチグハグさが、実にうちの店っぽい。
「うちの店の交換率は?」
「馬鹿にしないでよ! それくらいわかるもんね! 30玉! 3.3円交換だよ!」
「そうだ。還元率は約83%。例えば1000円=250玉の投資分を回収しようとしたら、1200円=300玉必要になってくる。だが、再プレイを使えば?」
「手数料は無いから、一度玉にしちゃっても、同じ価値のまま、遊べる……?」
「そういうことだ。言っちまえば等価交換じゃないうちみたいな換金ギャップがある店での貯玉・貯メダルの再プレイってのは、一方的に店が赤字を背負い込む行為に相当するんだよ」
「ふむ。つまり限定的ではあるがその赤字を排除することで、遊戯により発生する赤字の緩和を促す、ということじゃな」
「さすがラピス。菜々女の百倍物わかりがいいな」
「えへへ。褒められ……てない!?」
「これで笑ってたらいよいよ病院行った方がいいぞえ」
チラリと、俺は梨好瑠さんを見つめる。
「おまけに、どこかの店長様の横暴によって、大抵の店が設けてる再プレイ上限10000円=4円パチンコ2500玉、20円スロット500枚までに対して、倍の5000玉、1000枚まで再プレイ可能になってるからな。意外と効くと思うぜ、これは?」
「梨好瑠、お主。リピーターのためとはいえ、さすがに太っ腹すぎではないかえ……?」
「い、いいのよ! げんに集客はできてるし、成績にも繋がってるでしょ!?」
「……それで、一回交換って、何?」
当たり前みたいに疑問を口にするのは菜々女だった。
まあ、これに関して彼女を攻めるのは気の毒だろう。
5号機世代ということもあるし、そもそも全く縁が無い制度ということもある。
「連チャンが終わったら出玉全部計数して、遊戯継続したい場合は現金投資して遊んでもらうシステムだよ。スロットだったら、ボーナス終了後とか規定枚数到達後とかに計数してもらう感じになる」
「ひょぇぇ……それって、めっちゃクレーム来ない?」
「ああ、来るだろうな。だけど、そんな理不尽を喰らってでも、奴らが生粋のパチンカスなら、うちの店に通わざるを得ない理由があるだろ?」
「うーん……それは、否定できないかな……」
「そうね……」
「パチンカス、スロッカスである以上、抗えぬ本能というものがあるのう……」
一部、俺の言葉に同調するのはおかしな異世界エルフがいるが、とりあえず無視する。
「――設定6がある。これ以上強い来店動機、ないだろ?」
全員、迷わず頷く。もちろんパチンコへの宣伝もしっかりするさ。千円スタート◯◯回転とか、そんな感じでな。
今回の施策のポイントは、とにかく現金を回収すること。そして、可能な限り赤字を抑えることだ。
上手くいくかどうかは、シミュレーションと設定のセンスと、当日の運。
こうして、最後まで練りに練った俺達の最後の勝負が始まったのだった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
『ラピスちゃん、スイカもチェリーもボナも、全部6だった。でも負けたよぉ』
『あれだけ三択外しまくれば仕方なかろう。あ、ちなみにお主が座っておった台、吸い込みが半端ないから明日も6で置きじゃと店長が言っておったぞ?』
『マジ!? 明日も来るね!』
俺と菜々女、ラピス。そして梨好瑠さんのみ、ラピスの魔法によって喋らずに客と意思疎通ができるようになっている。
こうやって、録音なんていう小細工に引っかからない、正々堂々たる違法行為で、俺達は日々集客に勤しんでいた。
はは。専務、どんだけ目を光らせたって駄目ですよ?
あの日から毎日のように通ってくれてますけど、証拠なんて掴めるはずないんだから。
オープンから毎日のように足を運ぶ専務は、お決まりのように二十一時を回った頃に、悔しげな顔を浮かべて帰宅するのがルーチンになっていた。
「……終わったわ」
「ど、どうでした?」
「達成よ!」
迎えた、月の最終日。
営業終了後、梨好瑠さんは営業記録を確認する。
月間売上、3億とんで300円。
月間利益。……100円。
「はは、ははは、はははは! ざまあ見ろ! 見たか、これがチートの力だ!」
「威張るようなことかのう」
呆れるラピスを前に、俺は高らかに笑ってみせた。
普段の倍以上の数の接客を一月通して捌いた菜々女は、口から魂が抜けていきそうなくらい、気の抜けた顔をしていた。
さすがのラピスにも疲労の色が残る。
俺はというと、心地良い達成感のせいで感覚が麻痺しているのか、ハイテンションになっていた。
「さ、残りの仕事片付けて帰りましょう! 今日は奢るわよ! 祝勝会よ、祝勝会!」
「店長かっこいー!」
「連。……いや、何でもない。我も残務を手伝ってくる。お主は」
妙に生暖かい目で俺を見たかと思うと。
「――いい夢が見れるといいのう」
ラピスは、子供をあやすみたいに、優しく頭をなでてきた。
すると、不思議なことに、徐々に俺の意識は、眠りの世界へと落ちていくのだった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
【あとがき】
こんにちは、はじめまして。
拙作をお読みくださりありがとうございます。
本日同時更新した、次の21話で完結となります。
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