第19話 エルフ、グランドクローズを阻止する
「閉店なら毎日しておるではないか?」
「そう来ると思ったよ!」
俺はラピスに、グランドクローズの意味を教えた。
「つまり廃業ということかえ」
「だな。あくまでこの店に関しては、だけど」
「ふむ。世話になったの」
「潔すぎ!」
じゃあ、と右手を上げるエルフの女王を止める。
「なんで急にそんな話になったんじゃ?」
「それはな……」
「売上が悪いからよ」
「あんたがそれ言うなよ店長さま……」
やさぐれたように言う梨好瑠さんに向かって、俺は頭を抱えた。
クローズスタッフへの引き継ぎが終わって、事務所でデスクワークをしていた俺は、ホールに出ている時からずっと気が気じゃなかった。
「じゃがそれは今に始まったことじゃないんじゃろ?」
「そうね。元々廃店候補だったんだけど、私が妙に頑張って悪いなりに実績残してたせいで潰せなかったのよ。だけど、先日の騒動があったでしょ? 私への処罰はなくなったけど、既に世間には設定漏洩したっていう事実は伝わっちゃってるの」
一度失墜したイメージを回復するのは、至難の業だ。
上層部はそれを言い訳にして、合法的に邪魔な店舗を処分したいわけだ。
「どこの世界でも本当の敵は身内にいるもんじゃの」
「ラピスもあっちじゃ大変だったのか」
「おうとも。我が女王を襲名して以来、数え切れぬほどの同胞が行方不明になっておるぞ?」
「恐ろしいことを自慢気に言うな!」
「どうしても言うのなら裏で我が行った処分の仕方を教えてやっても――」
「やめてくれ! 変な罪悪感に襲われそうだ!」
俺は、余計に気が滅入りそうなラピスのブラックジョーク(?)に、ため息をつく。
「とりあえず、今日は帰りなさい二人共。いますぐ私たちにできることなんてないんだし、やれることをしっかりやる。ついでに、閉店処分を撤回させる名案が思いついたら、それも頑張るってことで」
「ついでじゃ駄目なんだよ、ついでじゃ!」
追い出されるように、俺はラピスと店を出た。
六月になって、すっかり日が伸びた。五時を回ったというのに、少し歩いただけでシャツの内側から汗がしみてくる。
「のう」
「うん?」
「スロット打ちたいぞえ?」
「そうだな」
俺は、気分転換も兼ねてラピスの要望通り、帰り道にある妙に廃れたパチンコ店に入った。
「やはり微妙にうらびれた感じの店で打つスロットが一番いいのう」
こいつ、本当に異世界人か?
そんな疑問を思わせるラピスの呟きを聞くと、ちょっとだけ、もやもやが晴れるような気がした。
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「え、あのしょぼい店潰れるんだ」
「まだ決まってないから! あとしょぼいとか言うなよ!」
「だってしょぼいじゃん。新台の導入他より遅いし、換金率も等価じゃないし、スタッフも可愛いわけじゃないし」
閉店まで粘ると言って聞かないラピスを置いて帰宅した俺は、当然のように家に上がり込んでいた紫砂と寝台格闘技を繰り広げた末に、一服していた。
「そこまでボロクソ言う店になんで紫砂は通ってるんだよ!?」
「そりゃあんたがいるから」
「あ……はい」
「ね。そうやって攻められると弱いとこ、可愛いよね」
「うるへー!」
「そっかそっか。潰れる、か」
ぶつぶつと独り言を呟くと、紫砂は覚悟を決めたような目で俺を見つめた。
「ちょうどいいや。路頭に迷う予定なんでしょ? だったら、あたしが連のこと貰ってもいいよね?」
「はぁ!?」
突然の提案に、つい声を荒げてしまった。
「だって職場なくなるんでしょ? 収入も消えるんでしょ? どうやって生きてくの?」
「せ、正社員だから他店舗に回されるって!」
「不景気で余計な人件費使えないから廃店にかこつけて邪魔な人員整理するかもよ?」
「そ、そうしたらパチプロになって――」
「天井の性能が下がって、出玉性能も下がって、毎日のように専業の人たちが『そろそろ潮時かなぁ』とか悲しいこと言ってるこのご時世に、本気でパチンコで食っていけると思うの?」
「ば、バイト、とかで、食いつないで――」
「なあ、知ってるか? あのおっさんパチ屋首になったんだってよ? とかバックヤードで高校生バイトに後ろ指さされる人生に耐えられるんだ?」
「一々具体的に追い込むのやめてくれよ!!」
視界が涙で滲んだ。前が見えない。うぅ。
「そんな切ない人生に比べたら、気心知れた女のヒモになって、時々やることやる人生の方が、安定だし安全じゃない?」
「どうしよう。破格の待遇で断る理由がない……」
「ま、考えときなよ。あたしの方はさ、いつだって門、空いてるんだから」
ふっと、柔らかく笑う紫砂。
なんか、最近のこいつは、随分と女の子っぽくなったと思う。
無防備な瞬間が増えたっていうか。見てると、ちょっと胸がドキドキする瞬間が多くなった気がする。
「なあ、紫砂」
「はいよ?」
「俺はさ、どんなに絶望的でも、あの店を潰したくないんだよ。どうすりゃいいかな?」
「月商10億、利益1億くらい取れば文句言われないんじゃない?」
「実現可能な対策を考えてくれよぅ!」
「そうね」
タバコに火をつけて、紫砂は思案する。
「慈善事業じゃない以上、どうあっても数字は必要になってくるわよね。条件はどうあれ、やっぱり売上と利益を上げるしかないんじゃない?」
「売上と利益か……」
何か妙案はないだろうか。
俺は、駄目元で帰宅したラピスにも話をしてみた。すると。
「ないこともないぞえ?」
予期せぬ答えが返ってきた。
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「あまりにも無茶なノルマです! うちの台数規模で、月商3億を取れだなんて!」
「そうかね? 那賀押店長の店舗は、日売が平均500万円で月商が約1億5千万だろう? それを倍にすればいいだけだが?」
「……倍と簡単におっしゃいますが、割り当てられた経費は例月と変わりません。その上、利益率は9割必達。これだけ見れば、私の店に『死ね』と言っているようにしか聞こえないのですが」
「人聞きが悪いじゃないか。こちらもね、期待しているのだよ。わずか一年で店舗の売上を1.5倍にしてみせたあなたの手腕をね」
どうあっても潰したいわけね。
私は、急遽執り行われた本社会議で、たった一人円卓の中央で立たされて、実感した。
「こちらとしても長年我が社を支えてくれた店を潰すのは、簡単な判断ではなかったのだよ。ただ、最近店舗の評判を損ねるようなことがあったじゃないかね。そのせいで会社全体のイメージダウンに繋がってしまうとまずいのだよ」
私が口出しできない理由を提示してきたわね。
いいわよ、それは想定内。
どんな無茶な条件を出しても私に飲ませる。あなたたちがしたいのは、そういうことでしょう?
「……せめて、もう少しだけ、慈悲をいただけませんか?」
「と言うと?」
うん? と、私を責めるように見つめている上層部の人員が、首を傾げた。
「売上と利益の両立は、かなり厳しいと言わざるを得ません。ですので、目標はあくまで『売上』のみにしていただけないでしょうか?」
「ふむ……」
「専務。どの道無理なのですから、これくらいの譲歩は構わないのでは?」
「それもそうだな」
聞こえてるっつーの!
笑顔を心がけて、私は彼らの温情に期待していた。
「いいだろう。そこまで言うのなら、売上のみノルマをクリアすれば、店舗の閉店は見送ろうじゃないか。ああ、ただし。いくら売上を上げるためとはいえ、先日のような設定漏洩や、赤字経営をするのはNGだ。わかったかね?」
「はい。もちろんです」
口元を緩めたまま、伝達を済ますと私を本社に呼びつけた重鎮たちは席を立った。
そんな彼らの背中を見つめながら私は。
「……やったわよ、連くん!」
満面の笑みで、ガッツポーズをした。
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「さて。少々計画が狂ったが、これでようやく邪魔な店舗が潰せる。その後は予定通り、店の跡地に――」
「た、大変です専務!」
「どうした、血相を変えて?」
「と、とにかく至急ご同行ください!!」
「……これは、何がどうなっている?」
「これはこれは専務。ようこそ、私の店へ」
「随分と盛況なようだね、那賀押店長。気になることがある。少し、数字を見せてもらってもいいだろうか?」
表面上は冷静そうに見えるけど、専務の声は怒りに滲んでいるように聞こえた。
だから私は、彼の気が済むように、予定通り事務所に通して、ここ二週間の営業記録を見せてあげることにした。
「……なんだ。どうなっている。ありえないだろう」
「いえいえ。専務の発破のおかげです」
私は、すっかり油断して営業日報すら確認していなかった専務に、堂々と店舗の売上を見せつけた。
「――予定通り、当店は残り半月の営業で【目標の月商3億円】達成見込みです」
店内は、空き台を見つける方が難しいほど、混雑しているのだった。
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※お知らせ※
4日~6日→毎日2話ずつの投稿となり、6日の投稿をもって完結となります。
せっかくのGWなので、期間中に全て投稿することにしました。
また、投稿時間も当初の19時→18時5分に変更してあります。
以上、ご周知くださいm(_ _)m
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【あとがき】
こんにちは、はじめまして。
拙作をお読みくださりありがとうございます。
毎日18時5分に更新していきます。
執筆自体は完了しており、全21話となっています。
よろしければ最後までお付き合いくださいm(_ _)m
※※※フォロー、☆☆☆レビュー、コメントなどいただけると超絶嬉しいです※※※
明日はラスト2話を一気に投稿です!
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