第18話 エルフ、閉店通知を受ける(居ぬ間に)
「……もうお婿にいけない」
カーテンから差し込む朝日を受けながら、俺は一人泣いていた。
「ほら、元気だしてよ。いいじゃない、ただで性欲発散できたと思えば」
対照的に梨好瑠さんは、妙に艷やかな顔をしていた。
女性にしては随分と簡素な部屋は、彼女らしい効率を体現していると思った。
ただ、女性らしさを完全に拭うことは当然出来なくて、俺が寝ているシーツからは甘やかな香りが漂ってきて、うっかりすると魅了されてしまうくらい芳しかった。
「職場恋愛 破局 地獄 ああ……もう駄目だ」
「割り切った関係でいいって言ってるでしょ? 今のところは」
「最後の一言がなければ少しは気楽だったのに」
昨日から今日にかけて、何度吸われたかわからない。
げっそりとしながら俺は、生まれたままの姿で同じベッドに入る梨好瑠さんの顔を見ていた。
「朝ごはん適当に作るけど、食べる?」
「ああ……俺はなんてことを……」
「ほーら。さっさと切り替える。いつまでもミスを引きずっててもいいことないわよ?」
「これをミスって言い切れるんなら最初から誘わないでほしかった」
俺は、呆れ眼で説教する梨好瑠さんに叩き起こされて、朝飯を食べた。
「さて、じゃあほら、出勤して下さい」
「嫌だなあ……なんでこんな急に出勤停止命令が解けたのかしら……」
起床後すぐにスマートフォンに入っていて連絡メールを見て、梨好瑠さんはぽかんとした顔をしていた。
「まあまあ。いいことでしょ」
「腑に落ちないわ。それに、どんな顔して戻ればいいのかしら」
「昨日人の上で散々楽しそうにしてた顔でいいんじゃないっすか?」
「セクハラよ」
むしろ俺は被害者なんだけど。
反論は全く聞いてもらえず、俺は梨好瑠さんに合わせて出勤の準備を整えた。
「あ、待って」
そう言うと梨好瑠さんは、俺のネクタイに手をかけた。
「一回やってみたかったのよね」
「さいですか」
上目遣いかつ至近距離で俺を見上げる彼女の顔を見ていると、昨夜の醜態を思い出してドキドキしてしまう。
この身体が……俺の……。
「……あのね、連くん。まだ私の家だけど、出勤モードに切り替わってるから、そういう暴走行為には毅然とした対応させてもらうわよ?」
言いながら梨好瑠さんは俺の下半身を見つめて、はぁっとため息をついた。
仕方ないの。男の子には何歳になっても朝の生理反応があるんだから……。
「おはよう、ございます」
しょぼんとした俺は梨好瑠さんの斜め後ろを歩いて、職場まで歩いた。
到着すると彼女は、もはや自宅よりも慣れ親しんだ職場だというのにおっかなびっくりとした面持ちで中に入った。
「あっ! 店長! それにやっくん!」
真っ先に菜々女が駈けてきた。
「くんくん……ぁああああああああ同じ匂い! 不潔、不潔だわ! 店長、見損ないました!」
「な、何のことかしら?」
目を逸らしつつも機嫌の良さを隠せない梨好瑠さんを、菜々女は鋭い眼光で睨む。
「私には手を出さなかったくせに店長はいいんだ! 所詮女は胸なんだ! やっくんの下半身脳髄マン! ばかあ!」
「何のことだかさっぱりだな。ほら、開店準備するぞ」
泣き叫ぶ菜々女を放置して、俺はそそくさと開店準備を始める。
「ぶー、やっくん最低ー!」
文句を言いながらも菜々女は俺について開店準備を始めた。
そんな日常を見つめながら、梨好瑠さんは不思議そうな顔をしていた。
「え? ていうか皆、普通過ぎない!?」
「社内メール見てないんすか?」
そりゃ見てないよな。今日事件以来久しぶりに出社したんだし。
俺は、意地悪く笑って、梨好瑠さん専用のノーパソを指さした。
「えっと、どれどれ……」
若干目を細めつつ、梨好瑠さんは液晶を見つめた。
「那賀押店長、設定漏洩の件」
それなりの長文が綴られたメールを読み始める梨好瑠さん。
以下の者を懲戒解雇処分とする。
そこには、同じ店に勤めるマネージャーの名前が記載されていた。
「な、何これ?」
全文を読み終えた梨好瑠さんは、驚いた顔で俺を見た。
「そういうことっす」
「ちょっと待ちなさいってば!」
「ぐぇ」
ネクタイを掴まれて、思わず潰れた蛙みたいな声を出してしまった。
「どういうことかしら?」
「きっと善良な方が悪事を詳らかにしてくれたんじゃないですかね」
「善良な人は悪事を詳らかになんかしないのよ!」
「善良の定義とは」
「悪事にはかかわらない人が善良って言うのよ!!」
深いなあ。なんてことを思いながら、さすがにこのままだと首が締まるから、俺は諸々白状することにした。
「実はこの間とっちめた梨好瑠さんの熱烈なファンとうちの店のマネージャーがつながってたんですよ」
「そ、そうなの?」
だからちょいとラピスが魔法で優しく尋問して、梨好瑠さんの熱烈なファンから情報をもらったわけだ。
「ついでに、音声も合成のでっち上げってことにしてあるんで、梨好瑠さんは無罪放免ってわけっす」
「そんな……あっさり……?」
拍子抜けしたのか、彼女は呆けたみたいに脱力した。
「良かったじゃないっすか。これで、無事店長復帰ですよ」
いけしゃーしゃーと告げる。
「だ、だから皆、私を見ても普通だったのね……」
衝撃の事実に面食らったのか、梨好瑠さんは肩を落とす。
わっはっは。サプライズ成功だ。
「梨好瑠さん」
「店長」
開店準備を終えた俺と菜々女は。
「「おかえりなさい」」
声を合わせて、彼女に告げた。
くしゃりと、店に入ればいつだって楽しかった表情は、簡単に歪んで。
涙の雫が、目尻からぽたりぽたりと、垂れ落ちた。
「あーぁ。せっかく準備したのに、また掃除しなきゃならないじゃないっすか」
えずくように、梨好瑠さんは目を押さえて泣き続ける。
自分で言うのも変な話だが、珍しく格好もついた気がするし、ハッピーエンドも悪くないだろう。
……なんて、思い上がったのがいけなかったんだろうか。
「……閉店、通知?」
梨好瑠さんが店長に復帰して一週間が経過した日。
本社から届いたメールには、一方的な通達事項が記載されていた。
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※お知らせ※
4日~6日→毎日2話ずつの投稿となり、6日の投稿をもって完結となります。
せっかくのGWなので、期間中に全て投稿することにしました。
また、投稿時間も当初の19時→18時5分に変更してあります。
以上、ご周知くださいm(_ _)m
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【あとがき】
こんにちは、はじめまして。
拙作をお読みくださりありがとうございます。
毎日18時5分に更新していきます。
執筆自体は完了しており、全21話となっています。
よろしければ最後までお付き合いくださいm(_ _)m
※※※フォロー、☆☆☆レビュー、コメントなどいただけると超絶嬉しいです※※※
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