第13話 エルフ、店休作業する
「のう」
「なんだ」
「我ら、昨日……というか今日、深夜に退勤したはずじゃが」
「そうだな」
「なんでもう出勤しとるんじゃ?」
「店の都合だな」
「ブラック通り越して暗黒じゃろ!」
四時退勤、八時出社とかいうウルトラCを決めた俺の隣で、俺よりはだいぶ睡眠を取ったはずのラピスが騒いでいる。
「まあ、そんな愚痴も言えなくなるぞ」
「なんでじゃい?」
事務所のドアを開ける。
「おはよう、二人とも」
当然のように笑顔で俺たちを出迎える、我らが店長、梨好瑠さん。
その顔からは、眠気とか疲労とかを一切感じない。
「何時から来てるんすか?」
「六時くらいかなあ」
流暢に喋りながら淡々とキーボードを打つ。
「寝たんすか?」
「多分」
自分の休息についての質問にも関わらず興味なさげに答える梨好瑠さんの手元では、エナドリの空き缶が徒党を組んでいた。
「どうだ? これでもまだぶつぶつ言う根性あるか?」
「一度でよいから労働環境を見直すべきだと我は提言するぞ!」
ごもっとも。だけどな、年々業績が下がる業界だけあって、一店舗ごときが使える人件費の総量も減っていく。
本来であれば適正人員を補充して円滑にシフトを回したいところだけど、それができないからこうして人材を使い倒すはめになる。
そして人件費を減らした状態でも運営が成り立つとわかると、もうちょっと削ってもいいだろ、とかいう謎理論の元に更に低く計算された次年度予算が降りてきて、更に運営が厳しく……以下略。
という、模範的な悪循環の元で我が店の運営は成り立っている。
なんで俺は働いてるんだろ……。
「……?」
目が合った梨好瑠さんが小首をかしげる。
「ああ、これか」
「目は口ほどに物を言うって、今朝教えてあげたはずよね?」
顔はにっこり。手元では釘調整用のハンマーを弄びながら、梨好瑠さんは俺に忠告する。
「でけぇおっぱいがあったら注目する。日本男児に刻まれた悲しき遺伝子なんですよ……」
俺が働く理由。綺麗な上司とでかい胸。言ってて我ながら悲しくなる。
「それだけ喋る元気があれば気遣い無用よね。検査の時間までメンテやってて」
「鬼! 悪魔! 年増!」
「……そんなに休日出勤したいんだ?」
俺の発言のどれかが逆鱗に触れたんだろう。
梨好瑠さんはノーパソの液晶から目を離さないまま、凍えるように冷たい声で言った。
「おなごの年齢に触れるのはいつだって禁忌じゃぞ」
異世界エルフにモラルを説かれながら、俺は涙目になってホールに出た。
「おはざーす」
「ども」
しばしラピスとパチンコ台のメンテナンス(クリーン作業)をしていると、半開きにしておいた店の自動ドアから、一人の男性が入ってきた。
「誰じゃ貴様」
「こら! 生活安全課の警察官さまだぞ! 俺たちがおまんま食えるのはこの方がギャンブルを黙認してくださってるからだ! もっと敬意を込めた対応をしろ!」
「八雲野くんの対応も大概だと思うけどね」
恰幅がよく口髭が濃い、パッと見熊みたいな男性は、図体に似合わず控えめに笑った。
「早速検査に入るけど、大丈夫そう?」
「問題ないっすよ」
「じゃあ、スロットから」
新台の製造番号と主基板番号をチェックすると、試打に入る。
複数導入する新台からランダムに選び、実際に遊ぶ。
レバーが利くか。停止ボタンが作動するか。データランプに情報が飛ぶか。
諸々のチェックが終わると、次はパチンコに。
「なんぞあれは?」
「ああ。あのストップウォッチは新台が規定にそって造られてるか確認するために使うんだよ」
事前に用意しておいたジャスト100発分のパチンコ玉を渡すと、警察署員はそれを全部上皿に流して打ち始める。
「パチンコ台には色々規定があるんだけど、そのうちの一つに『1分間に射出できる玉数の総量は100発まで』というのがある。このストップウォッチは、それを確かめるためのものだな」
1分間打ち込み続けて、途中で打ち出しの玉が切れたりしたらアウトだ。それは、規定を超えたペースでパチンコ台が玉を射出できることを示すから。
「よし、問題ないかな」
「いつもいつもありがとうございます」
「感謝されることはなにもないよ。それより今回は、遊技台よりそっちの子の方が気になるけど」
「……ああ。ほれ」
「……驚いた。ちゃんと成人してるんだね。じゃ、問題ないよ」
視線で察するものがあったのか、ラピスは億劫そうに免許証【偽造】を提示した。
内容を確認すると、安心したみたいに息をはいて、彼は店を出ていった。
「とまあこんな感じで、警察検査が行われる」
「ちなみにこの検査でしくじるとどうなるんじゃ?」
「なんと! 新装開店初日に新台が動かせません!」
「とんでもない皮肉じゃな! 朝から新台目当てで並んだ客が暴動を起こしそうじゃ……」
想像するだけで恐ろしいと、ラピスは身震いしながら自分を身体を抱いた。
『店長。検査終わりました』
『はい、お疲れ様。じゃ、販促系全部戻してー』
『了解っす』
インカム越しに報告を終えた俺は、いそいそと店内の掲示物のチェックに入る。
「ラピス。外してある台横用のミニチラシ差してってくれ。俺は倒してあるイーゼル上げてくる」
他のスタッフにも指示を飛ばして、店内準備を進める。
「このようなこと、昨日の内にやってしまえばよかったのではないか?」
「内容が内容だからな。念のため、警官に見られても問題ないように対策してるんだよ」
パチンコ店への理解があるとはいえ、違反があればしょっぴかなければならないのが警察の仕事だ。
新装開店に合わせて沖縄物産展を開催して、その告知用チラシに不自然にバッティングさせた海水物語のマリノちゃんとか、スロットのお供にエビ◯ンをどうぞと、何故かミネラルウォーターの販売チラシにピエロが載っていたりと、見られると微妙に居心地が悪くなるようなものが店内には溢れている。
ただでさえデリケートな業界だ。
回避できるリスクがあるなら回避するべきだろう。
だったら最初から危ないチラシ作るな?
……しょうがねーだろ。それはそれ、これはこれ。
打たなきゃならない告知はあるんだよ。
「ふぅむ。斜陽産業には斜陽産業の苦しみがあるというわけじゃな」
さくっと辛辣な表現をかますラピスに反論する余地がない俺は、複雑な心境で作業を続ける。
午前中の作業を終え、昼飯を食べ、午後の作業に。
ふと梨好瑠さんの様子を覗くと、エナドリの空き缶が増殖していた。
見なかったことにして、ラピスとホールに戻る。
「終わった……」
「眠いぞい……」
十五時を回ったところで、一段落。
事務所に戻ると、梨好瑠さんは未だにパソコンと格闘していた。
「終わりましたー」
「おつかれさまー。ちょっと早いけど、上がっていいわよ。タイムカードは定時まで働いたってことで細工しておくから」
「おお。案外不真面目じゃの、梨好瑠」
まあ、そもそも入れ替え作業をした俺を早番で出勤させてるからなあ。
不真面目というか梨好瑠さんなりの謝罪だろう。
俺はありがたく厚意を受け取り、帰ることにした。
「……」
「どうした、連よ」
「いや、ちょっと気になることがあるんだけど」
退勤間際に覗いた梨好瑠さんの表情が、ただ真剣なだけじゃなくて、どことなく思い詰めていたようなのが引っかかった。
「梨好瑠さん」
「うん?」
「……肩凝ってんすか?」
「セクハラで訴えるわよ?」
不機嫌を微塵も隠さないメンチを切られた。
うーん、この返し方は間違いなくいつもの梨好瑠さんだ。
気のせいだったか?
若干の違和感を覚えつつも、俺はラピスと二人で退店した。
明るい時間に帰ると、人はパチンコに吸い寄せられる。
さながら街灯に群がる虫のごとく。
適当に開いているパチ屋に入店すると、先客――菜々女がいた。
勝ってるらしくて上機嫌の彼女から、ジュースを奢ってもらった。
パチ屋内での鉄板コミュニケーション、ドリンク奢り。
果たして始めたのは誰なんだろうな。
俺はそんなことを考えながら、能天気にパチンコに興じた。
初当たりを引く頃には、すっかり梨好瑠さんに抱いた違和感について、忘れていた。
しかし、俺は後々後悔することになる。
違和感があったのなら、とことん突き詰めるべきだったと。
だけどパチンコに熱中している愚かな俺は、それに気づくことはなかった。
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※お知らせ※
5月3日から投稿ペースを上げます。
3日→3話、4日~6日→2話、となり、6日の投稿をもって完結となります。
せっかくのGWなので、期間中に全て投稿することにしました。
また、3日以降の投稿時間も19時→18時5分に変更します。
以上、ご周知くださいm(_ _)m
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【あとがき】
こんにちは、はじめまして。
拙作をお読みくださりありがとうございます。
毎日18時5分に更新していきます。
執筆自体は完了しており、全21話となっています。
よろしければ最後までお付き合いくださいm(_ _)m
※※※フォロー、☆☆☆レビュー、コメントなどいただけると超絶嬉しいです※※※
明日は2話更新!
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