第12話 エルフ、入れ替える

「じゃ、今日は入れ替えをします」


「ちょっと待てーーーーーい!」


 閉店後。深夜のパチンコ店内に、エルフの悲鳴が木霊する。


「どうした?」


「どうした? ではないわ! それはこちらの台詞じゃぞ!」


 店内をグルリと見回して、ラピスは俺を指差す。


「我ら二人しかおらんではないか! 他の作業員はどこに行ったのじゃ!?」


「いるじゃん。八雲野さん。連さん。ラピスさん。ラズリさん。ほら、四人」


「名前を分割しただけじゃろが!」


 作業用のつなぎに袖を通したラピスは、夜だっていうのに随分と元気そうだった。


 六月を迎えて一気に夏の雰囲気を醸し出してきた自然様に対抗するように、店内にはばっちり空調が効いている。


「別にいいだろ。台数少ないし、取って外すだけで島移動もないし。何が不満なんだよ?」


「何もかもじゃが! 労働基準法違反じゃぞ!?」


「残念ながらあれは人間にのみ適用されるんだよ。エルフは範囲外。ていうか人間にも大して適用されないのが現代日本ではあるが」


 言ってて悲しくなる。


「つーかよ、これはお前を考慮しての人員配置なんだぞ。考えてみろ。俺たち以外に誰かいたら、魔法使って台を運ぶなんて手抜きできないんだぜ?」


「それはまあ、確かにその通りではあるんじゃがの」


「自力で作業するか、魔法使って楽するか。どっちがいいかなんて聡明なるエルフの女王さまには考えなくてもわかるだろ?」


「致し方なし、か。……って、納得できるかぁ! そもそもか弱い女子供に一台数十キロもするパチンコ台の入れ替え作業を任せようとするでないわ! 真っ当に人員を割り当てるべきじゃろが!」


「ちっ、誤魔化せなかった」


 ため息をつきながら、俺は島配置図を確認する。


「どのみちこっからシフトインする奴はいねーから。菜々女も閉店作業終わるまでは手が空かないし、諦めろ?」


「横暴じゃ……エルフ差別じゃ……」


 ぶつぶつ言いながらも、ラピスは自分が作業をしなくてはならない現実を受け入れて、自分の担当するコーナーに向かっていった。


「で、どうすればいいんじゃ?」


「盤面のガラスに移動先の台番振ったテープ貼ってあるから、取り外して移動させればいいんだけど」


「ちょちょいのちょいっと――」


「待て」


「ぐぇ」


 ひしゃげたガマガエルみたいな声が聞こえた。


「首が折れるわタワケ!」


「人の話は最後まで聞きましょう」


 いきなり魔法で台を島からぶん取ろうとしたラピスを止める。


「台の取り外しにも順序がある」


 セル盤を外して、台枠を固定しているビスをインパクト(電動ドライバー)で抜いて、台枠を抜く。


「こんな感じで、パチンコ台の移動はこれを繰り返す。メーカーが同一の機種とかだと台枠が同じだからセル盤の取り外しだけで済むケースも有る」


「おお! では今回も!」


「残念ながら今日は全部違います」


「つっかえんのう! 労働者の効率性も考慮して采配せよ! 誰じゃこんな無能な島配置を考えた輩は!」


 今頃インカム越しに俺たちの会話を聞いて泣いてるであろう、梨好瑠さんだけど?


「各工程を守るんなら全部魔法使ってもいいけどな」


「うーむ。セル盤外しならまだしも、ビスを抜く程度の小さい動作じゃと魔法の微調整の方が面倒じゃ。ここだけは手動でやるかのう」


 そう言うので、ラピスにインパクトの使い方を教えた。


「んあ。動かなくなったぞい?」


「バッテリー切れだな。誰だよ、前回使って充電しなかったやつ」


 俺だよ。


 しれっと誰とも知らない他人に責任を押し付けて、予備を持ってくる。


「思ったんだけど」


「なんじゃ?」


「セル盤をラピスに全部外してもらって、俺がビス外しを担当する方が効率的だったかなって」


「後の祭りじゃわい!」


 既に九割方の作業が終わった段階で、思い至ってしまった。

 

 我ながら優秀すぎる頭脳が恐ろしいな。


「ああ、そういえばもう一つ」


「まだ何かあるんかえ!?」


 台枠の入れ替えを終えて、ビス止めに入るラピスを見つけて、思い出した。


「台枠は固定する角度が決まってるから、それを守ってくれ」


「伝達のヌケモレがないよう作業マニュアルを作ってくれんかのう!?」


 正論だ。


 俺は、釘調整用の図面のコピーをラピスに渡した。


「うちの店は大抵サブゴ(3.5分)で決めて調整する。たまにそうじゃない台もあるけど」


「なんじゃこの透明なカプセルに水が入ったみたいなのは」


「傾斜器だよ。角度を計るのに使うんだ」


「随分とアナログじゃのう」


「言うなよ。うちは裕福とは言えないからなあ。他の店ではもっとハイテクな機能が実装されてるらしい」


 目を細めながら傾斜を確認するラピスを見ていると、なんだか懐かしい気持ちになる。俺も昔こんなだったなあ……みたいな。


「んあ!? ズレた!」


「あるあるだな。いきなりビスを全部突っ込むから悪い。こうやって手動のドライバーで小さく穴開けて、極力真っ直ぐになるようにビスを少し入れる。で、残りをインパクトでねじ込めば」


「おお! 確かにズレが少なくなった!」


 ちょっとしたコツだな。


 その後もわあわあ騒ぐラピスと一緒に入れ替え作業をこなした。


 そして、全二十台の入れ替え作業は、一時間と経たずに終わってしまった。


「魔法ありだと二人でこれか……凄いな」


「ふふん! もっと我を褒め称えるとよい!」


「ラピスちゃんは偉いねー。お菓子買ってあげようか?」


「子供扱いするでない! しかし、それはそれとしてお菓子は買うといい」


 欲望に素直だな。


 俺は休憩がてら梨好瑠さんに作業の進捗を報告した。


 その後、すっかりレストスペースでだらけているラピスに。


「では、次の仕事に取り掛かります」


 試打を始める旨を伝えた。


 彼女は、嘘だ……、という、この世の終わりを肉眼で拝んだみたいな顔をしたのだった。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――



「よし、こんなもんか」


 データ中継用に、台と島コンを繋ぐのに使用する配線の予備を使って、アース線を作る。自動で玉を打ち出してもらう細工だ。


 がこっがこっと音を立てて、ハンドルが正常に作動していることを確認して、俺はインカムを入れる。


『んじゃ、データクリア終わったから、初め』


 深夜のホール内で、新台たちが元気に稼働する音が聞こえ始める。


『おー、ノーマル保留で当たったぞい』


『わー、婦女子アタックでOh Guy倒れたの初めて見た……』


 方々から、早速特賞報告が入る。


 パチンコあるある。自分にとってどうでもいい状況の時ほど、簡単に当たる。


 暇つぶしに座った1パチとかで、特によく見る現象だ。あとゲーセンとかな。


『んー。菜々女、57番台がT1――特賞上がってないな。配線見といてくれ』


『はーい!』


『ラピス。158番台、データが上がってきてないからアウトボックス倒れてないか確認してくれ』


『お、爪が折れておるな。予備をセットして……これでよいか?』


『オッケ。そこだけ個別にクリアして今からやり直す』


 想定内の細々したトラブルはありつつ、試打は順調に進む。


 予定通り、アウト5000個(約一時間)分の試打が、つつがなく終了した。


 台からホールコンに吸い上がったデータを帳票出力して、事務所で相変わらずパソコンと仲良しの梨好瑠さんに持っていく。


「うーん……BYminが削りきれてないわね……また本社から文句言われるパターンかな……」


「て言ってもそれ、いつも威張り散らしてるお偉いさんが『手本だ!』とか抜かしながら得意げに調整してくれた台ですよね? こっちに非はないんで放置じゃ駄目なんすか?」


「逆に聞くけど、大丈夫だと思うのかしら?」


「原因がわかってるのになぜ改善しなかった! って怒られるんで駄目っすね」


「……わかってるんなら叩き直しよ」


 適当に叩いてとりあえず小穴隠しちまおう。


「ちなみにだけれど、八雲野くん。つい先日もうっかり入賞口手前の釘に玉が乗っかった写真が拡散されて、大変な目に遭ったホールがあったの、覚えてるわね?」


「……細心の注意を払って調整いたします!」


「よろしい」


 笑顔の裏に仁王像が立っていた。


 そんな物々しさを覚える梨好瑠さんの迫力に押されて、俺は釘調整道具一式を抱えてホールに戻る。


「なんじゃ?」


「なんじゃ? はこっちの台詞だ。女二人絡み合って何してんだよ」


「りらくぜーしょんだよー、やっくーん」


 若干煩わしそうな表情のラピスを、まるで抱きまくらみたいに抱える菜々女。


「お前ら仲良しだったのか?」


「色々あってー、時々身体を重ねるだけの関係ー、かなー」


「爛れてるな」


「やっくんとーあの女の人よりはマシだと思うけど」


 あの女が紫砂を示している。


 それを自覚した瞬間、今度は菜々女の笑顔の裏に金剛力士像が見えた。


 ……どいつもこいつも、この店の女性スタッフは油断できないな。


「連はまだ終わらんのか?」


「もちっとだけ残業。でも、すぐ終わる。ラピスは先に上がってろ」


 言われなくても上がるわい! と、全く俺を気遣う素振りを見せないラピスに切なさを覚えつつ、俺は残務処理に入る。


「どう?」


「まー、こんなもんかなと」


「どれどれ」


 トンカントンカン釘を打っている俺の後ろに、梨好瑠さんがやってきた。


 ちょうど小穴を叩き終えたところなので、チェックしてもらうことに。


「んー、まあ、駄目……でははないけど……」


 ゲージ棒を釘の間に通しながら、悩ましげな声を上げる。


「もうちょっと、ここ……奥まで当たっても……いいかなあ……」


 ふよ。ふよふよ。


 梨好瑠さんが真剣に釘の幅を確かめようとするほど、俺の身体に彼女の身体が密着してくる。


 パチンコ玉なんか比較にならないほど大きくて柔らかい二つの大玉が、さっきから後頭部に当たりまくっていて、気が気じゃない。


「八雲野くん、逆八とか道は得意なのに、穴だけはガバガバよね」


「卑猥すぎる……なんだこの職場は……」


「もっとガツンと締めないと、怒られちゃうわよ?」


「むしろ締めるのは俺じゃないと思うんですけど……」


「八雲野くんが締めなきゃ誰が締めるのよ?」


 深夜帯。グラビアモデルみたいなおっぱいを持つ年上の女上司と二人きり。そして会話の節々に混ざる隠語。


 眠気も相まってか、邪な感情が悶々と膨れ上がってしまう。


「ちょっと貸して」


 ハンマーを渡す。


「こんなもんかな。通してみて」


 ゲージ棒を釘の間に通す。先端についた玉が、絶妙な抵抗を覚えながら行き来する。


「これくらいがちょうどいいかな。玉の感触、忘れないでよね」


「はい。玉の感触、絶対に忘れません!」


「随分気合入ってるみたいだけど、急にどうし……っ!?」


 あ……。


 振り返った瞬間、梨好瑠さんの顔が歪んだ。


 これは、ついに気付かれたな。


「八雲野くん」


「さ、それじゃ最終チェックして退店しましょう!」


 ガシッと、肩を掴まれる。


「お説教ね」


「……はい」


 その後、コンコンとモラルやらセクハラやらについて説かれることになった。


 店を出たのは最早朝と言っても過言ではない、午前四時。


 ……これだから店休日が存在する自治体は嫌いなんだ!


―――――――――――――――――――――――――――――――――

※お知らせ※

5月3日から投稿ペースを上げます。

3日→3話、4日~6日→2話、となり、6日の投稿をもって完結となります。

せっかくのGWなので、期間中に全て投稿することにしました。

また、3日以降の投稿時間も19時→18時5分に変更します。


以上、ご周知くださいm(_ _)m

―――――――――――――――――――――――――――――――――――


【あとがき】


 こんにちは、はじめまして。

 拙作をお読みくださりありがとうございます。


 毎日19時に1話更新していきます(短い場合は2話まとめて更新)。

 執筆自体は完了しており、全21話となっています。

 よろしければ最後までお付き合いくださいm(_ _)m



※※※フォロー、☆☆☆レビュー、コメントなどいただけると超絶嬉しいです※※※

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