第4話 エルフ、とは関係のない菜々女の話



「菜々女もお姉ちゃんみたいに頑張ろうねー」



 きっかけは、お母さんの何気ない一言だった。

 優等生で人当たりがいいお姉ちゃんは、皆の自慢だった。


 もちろん私もお姉ちゃんが大好きで、お姉ちゃんみたいになりたと思って生きていた。


 お姉ちゃんみたいにテストで百点取りたい。

 お姉ちゃんみたいにかけっこで一番になりたい。

 お姉ちゃんみたいに皆から頼られたい


 そんな私の欲求が、その瞬間から、気持ち悪い義務になってしまった気がした。


 お姉ちゃんみたいにならなきゃいけないんだ。

 いつしか私は、お姉ちゃんと比べられてがっかりされないように、周りの目を気にしながら生きるようになった。


 中学、高校、大学と進学するうちに、歪みが大きくなっていくのを感じた。

 皆からの期待をとりあえず裏切らずに済むたびに、大きな安堵感を覚えた。


 ……何のために生きてるんだろ。


 自暴自棄になった私は、ちょっとした抵抗のために、お姉ちゃんなら絶対にやらなそうなことをやってみようと思い、未開拓地に足を踏み入れた。


 周りの様子を窺いながら、見様見真似で誤魔化す。

 すごく居心地が悪かった。

 きょろきょろと不審者みたいにあたりを見回す私を、目が合うたびに見知らぬ他人が値踏みしてるみたいな。

 そんな、わけのわからない不安を一人で抱えていた。


「お客さん、初めて?」


 反抗一つできないのかよって自分に嫌気が差していると、その人――パチンコ屋の店員さんが、だるそうな顔で話しかけてきた。

 無気力に緩んだ口元。

 剃り残しが見える顎髭。

 生気のあまりない瞳。


 ぶっちゃけ、印象は最悪だった。


「初めて?」

「あ……は、はい」

「だったら、こっちのデジハネ……あー、当たりやすい台の方がいいと思うよ」

「あ、ありがとうございます」


 言われるがまま、私は台移動をした。

 そして、その店員さんから、簡単にパチンコ店のルールを教わった。


 1/99で大当たりを引ける台らしくて、簡単に当たると言われたけれど、素人からすると滅茶苦茶低確率に感じた。

 

 ……これで簡単って。じゃあ、他の台はどうなってるの?


「……あ」

「おめでとうございます。大当たりだ。下のアタッカーが開くから、そこに玉入れ続けて」


 おめでとう~と言いながら、液晶の中では水着を着た金髪の女の子が喜んでいた。

 言われるがまま、私はアタッカーに玉を打ち込む。


 すると下皿に、申し訳程度の出玉が排出された。

 STに突入した。

 また当たった。


 そんな風に、電サポと特賞のループを何回か繰り返していると、ふいに隣の台に座っていた白髪のお爺さんが、とてつもない剣幕で台のボタンをグーで叩き始めた。


 台パンと呼ばれる不良行為らしい。


「あ? 何見てんだよ、おい」

「ひっ」


 音に驚いて振り向いた私と目が合うと、お爺さんは八つ当たりみたいに言いがかりをつけてきた。

 怖い。どうしよう。


「お客さん。他の方の迷惑になりますんで、今日のところはお帰りください」


 戸惑っていると、さっきの店員さんが助けてくれた。


「悪いな。あの人、常連なんだけど負けるとすーぐなにかに当たるんだよ。さっさと出禁にすりゃいいんだけど」


 今の店長はなよなよしてて駄目だとか、もうすぐ代わるから少しの我慢だとか、文句を言ってた気がする。


「あの……ご、ご迷惑かけて、ごめんなさい」

「は?」

「あ……す、すみません!」


 やっぱり、私なんかがこんなところにいても、場違いなだけだよね。

 そう思っていると。


「迷惑かけたのはさっきの客でしょ。お客さんは、滅茶苦茶まともですよ。びっくりするくらい優良客だ。一生うちに居付いて粗利に貢献して欲しいくらいだよ」


 冗談めかして笑うその人の顔を見ていると、私の中にあったもやもやが晴れていくのを感じた。


 今まで私は何に悩んでたんだろ。

 お姉ちゃんみたいに立派にならなくちゃ価値がない。

 それは、全部弱い自分が作り出した幻だったんだ。


 ただパチンコを大人しく打っているだけでも、店員さんからすればありがたいみたいだった。


「パチンコって、面白いですね」

「まあ、適度に刺激になるのは否定しないけど。のめり込んじゃ駄目ですよ?」

「店員さんがそれ言うんですか?」

「店員であろうと意思のある人間ですから。日頃、生活保護とか年金貰ってるやつをカモってる立場ですけど、駄目なものは駄目だと思います」

「はは。おもしろ」


 何気ないやり取りで、涙が出そうになった。


 それから、私は店員さんの忠告を無視して、パチンコにのめり込むようになった。

 流行りのコスメや、参考書にあてていたお金は、パチンコ雑誌に消えるようになった。

 映えるスイーツばかりで埋まっていたスマホのギャラリーは、虹保留や金文字、一撃獲得一万玉以上、の写真で埋め尽くされた。

 勉強したり友達と遊ぶ時間があれば、足繁くパチンコ屋に通った。


 そのうちお金がなくなって、バイトを始めた。

 せっかくならバイト中もパチンコに触れたいと思って、パチンコ屋でバイトをすることにした。


 朝起きて、開店前にお店に並んで、整理番号を手に入れて、お目当ての台に座って。

 朝起きて、開店準備をして、笑顔で客を出迎えて、やめどきに迷っている客を適当にそそのかして、追加投資させて。


 パチンコとパチンコの反復横跳びが、私の生活の基盤になっていた。

 

 そんな怠惰な生活が、いつまでも続くわけがなかった。


「もう顔も見たくないわ! あんたみたいな子、うちの人間じゃないから!」


 ある時、お母さんに久しぶりに実家に呼び出された。

 次年度の学費として口座に振り込まれていたお金を、私がパチンコで溶かしてしまったのがバレたんだ。


 出ていく時、家族皆が白い目をしていた。

 特にお姉ちゃんは、私を見ながら複雑そうにしてたのがいやに印象に残ってる。


 勘当されて、学費の支払いが滞った私は、大学を中退した。

 今住んでいるアパートも、このままだと追い出される。


「お前、そんなアホみたいなことなってんの? んー、じゃあとりあえず、うちで本格的に働いてみるか? 月収二十万くらいはいくんじゃないか?」


 そんな時だった。

 同僚であり上司でもある、あの店員さんに声をかけられたのは。

 何を隠そう私のバイト先は、初めてパチンコを打ちに訪れたお店だったのだ。


 幸か不幸か、パチンコに本気な私の業務態度は高く評価されていて、準社員雇用の話はあっさりと通ってしまった。


 制服も一般のパートタイマーから、ちょっとだけ変わった。

 ぱっと見社員さんと変わらなくて、少し嬉しかった。

 だって、あの人にちょっとだけ近づけたような気がしたから。


「おー、似合うじゃん。ま、これからよろしくな――菜々女」

「うん! 私、頑張るね――やっくん!」


 これが、私と店員さん――やっくんとの出会いであり、今に至る軌跡だ。


 私がパチンコを打ち続けたのも、パチンコ店でバイトを始めたのも、結局のところ、彼と一緒にいる時間を求めてのことだ。


 初めて、私自身を見てくれた人。

 初めて、生きてていいんだって教えてくれた人。


 彼のためなら私は、リボ払いに手を染めてもいいし、借金の連帯保証人欄にだって喜んで記名する。 


 こうして今、私、里市芽菜々女の第二の人生は、回っている。

 彼のそばにいて、彼の視界が私で満たされるだけで満足。


 そう、思っていたのに。

 うっかり図に乗って彼の家を尋ねて、予期せぬ事態に遭遇したせいで、私の平穏はあっさり崩れることになった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――


【あとがき】


 こんにちは、はじめまして。

 拙作をお読みくださりありがとうございます。


 毎日19時に1話更新していきます(短い場合は2話まとめて更新)。

 執筆自体は完了しており、全21話となっています。

 よろしければ最後までお付き合いくださいm(_ _)m



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