第42話 夢は終わらない

 首無デュラハン女王クイーンが見つめる目の前で、剣士は完全なる復活を遂げた。


 捻じ曲がり、ズタボロになっていた四肢はみるみるうちに元に戻り、切断された首も瞬く間に引っ付いた。


 四肢と首は繋がり、その生え変わったばかりの足で剣士は立ち上がったが、呼吸はなおも荒い。


 死の淵より甦った事による心身への負荷が、やはり重い事の表れでもあった。


 そんな彼を、見ていた二人は拍手を以て応じた。



「見事! 勇者の持つ固有スキル【百折不撓ひゃくせつふとう】が発動した」



「死してなお這い上がる不屈の精神と肉体。ついに体得する者が現れましたか」



 二人の口調からは、感無量と言った感じが漏れ出ていた。


 それは感動であり、同時に寂しげな情緒をも内包している言葉であった。


 息絶え絶えに起き上がった剣士は、呼吸を整えながら“本当の正体”を現した二人を見据えた。


 そう、二人の姿がまた変わっていたのだ。


 首無デュラハンの首は再び定位置に戻り、精悍で屈強な老人がそこにいた。


 女王にしても、角や尻尾は消え去り、代わりに森巫覡ドルイドの独特な衣装を身にまとっていた。


 あの雑木林で出会った、木こりの老人であり、人形によく似た衣装の女性だ。


 そして、全てを悟った。



「やはりそうか。この試練、最初から“元・勇者とその相方”が試験官だったってわけだな!?」



「いかにもその通りだ。幾重にも張り巡らせた嘘や罠、よくぞ掻い潜ってここまで来たものだ」



「もちろん、禁令を破ることなく、ね♪」



 先程までの異形な姿と悪寒を覚える不気味さはなく、実に優し気な二人の笑顔が近付き、そして、まだダメージを負った体を剣士を支えた。



「まったく、人が悪いぜ、あんたらは。随分と回りくどい試験内容な上に、最後は死んでから蘇ってみせろだぜ? とんだ性悪だ」



「そうでもしなければ【百折不撓ひゃくせつふとう】は習得できんからな」



「魂が折れない限り、勇者は倒れない。ただひたすら前へと突き進む。如何なる難敵、難問に対しても勇者の挑戦は続く。それを成せるかどうかを調べていたのですから、当然と言えば当然です」



「まあ、それはそうなんだが、それでもやっぱり悪趣味と言うか、何と言うか」



 無論、この二人に対しての言葉ではない。


 こんな舞台装置システムを作り出し、“元・勇者”という分かりやすい餌を設置した、いわゆる“神”と呼ばれる存在に対してであった。



「何度も言うが、ここは『勇者の試練』だ。挑戦者が勇者に相応しいかを確かめる為に作られた聖域だ。我々はそれを確認するための役者、試験官に他ならない」



「勇者に相応しいかどうかの心構えや誠実さ、武芸の技量、そして、死を前にしても折れない精神、それらを全部確認しなくてはならないのですから。しかも“二人”で」



「一人で何役もこなさねばならんのだ。大変なのだぞ」



「足りない役者は幻術や人形で補ってね。神様も今少し役者の数を増やしてほしいものですわ」



 などと文句を言っているようで、二人の顔は実に満ち足りていた。


 

(やっぱりこの二人、本当に互いを想い合っているのだな)



 生きている間に結ばれる事のなかった二人は、こうして聖域の中で今なお互いを尊重し、思いやり、慈しみ合っているのだ。


 『勇者の試練』の役柄でさえ、夫婦の共同作業であり、“次なる勇者”は我が子であるかのごとく。



「まあ、それはさておき、剣士ラルフェインよ、よくぞこの域にまで到達できたな。ここまで来れたのは、お前が初めてだ」



「……なら、ここに来た先達は?」



「記憶を消して、樹海の外に放り出している」



「そうなのか。なら、屋敷に会ったあの異様な成れ果てオブジェは?」



「無論、ただの作り物だ。なにしろ、ここは『勇者の試練』を受ける場所。あの程度で怯えて、勇気を損なうような輩には用はない」



「なんやかんやで、色々と試されていたんだな」



 樹海の単独踏破といい、奇麗過ぎる村の件といい、色々と凝った仕掛けを用意したものだと剣士は感心した。


 であるからこそ、そのことごとくを踏破できたという充実感もまた、一入ひとしおであった。



「でもね、正直なところ、驚いたわよ。あなた、この聖域に来たときは、ほんとただの少しばかり腕のいいお調子者くらいに感じていたから。よくもまあここまで来れたって言うのが本音だわ」



「そりゃどうも。その点については間違いないと思う。俺もさ、とんだうぬぼれ野郎だってのは、すぐに気が付いた。それも“これ”のおかげかな」



 剣士が指でなぞったのは、首筋にあるほんの小さな傷痕だ。


 麓の雑木林で、木こりの老人に斧で斬られかけたその痕跡であり、それこそ心をバッサリと切られた証であった。



「勇者って言うのが、どれほど重たいものなのか、それまでは漠然としか分かっていなかった。だが、そこで甘えは捨てた」



「でも、それからも何度も逃げちゃったわよね~♪」



「それは言わんでくれ。女に迫られるのは、慣れてないんだ」



「それはダメよ~。いい、好きな人がいるなら、ちゃんと勇気を振り絞って、気の利いた台詞の一つでも言わないとね。後で後悔する事になるわよ」



 そう言うと、『光の盾』は側に立つ『剛腕』に視線を向けた。


 どうにも言い返せないらしく、元・勇者はポリポリ頭をかいて誤魔化す始末だ。


 どうやら目の前の元・勇者もとんだ臆病者であったらしく、剣士は思わずニヤリと笑うのであった。


 

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