第43話 試練の結果発表

「さて、剣士ラルフェインよ、試練の結果を告げよう」



 木こりの老人、すなわち元・勇者『剛腕』は勿体ぶるように述べ、剣士もまたそれを受けるに相応しい様に直立不動の姿勢で応じた。


 無論、結果は分かっている・・・・・・・・としてもだ。


 そして、告げられた。



「剣士ラルフェインよ、『勇者の試練』の試験官として告げる。……落第!」



「でしょうね」



 特に落胆する事もなく、頷いてそれを受け入れた。



「ほう。結果を素直に受け入れるか。文句の一つでも出るかと思ったが」



「いや、“勇者”に相応しくないのは、俺自身が痛感している。だから、落第と言う結果にも抗弁するつもりはない」



「では、聞こう。“勇者”に相応しくないと思った、その理由とは何だ?」



「勇者にとっての最大の武器“勇気”が欠けていた。それを今回の試練とやらで、これでもかと見せつけられた。思い知らされた。だから、俺は勇者に相応しくない」



 剣士は真っ直ぐと老人を見つめ、言い切った。


 今回の試練で何度“逃げ”を選択した事だろうか。


 前を見据え、皆を引っ張る存在である勇者が、難題を前に臆病風に吹かれて、身を引いたのである。


 そんな無様を晒しておいて、とてもではないが英雄を気取る事などできはしない。


 勇者にとっての最大の武器は“勇気”だ。


 それがとんだなまくら・・・・であったと言う事は、身に染みている。


 だからこそ、それを鍛え直さなくてはならない。


 それが、今回の試練で得た剣士の教訓だ。


 しかし、そんな落第者であろうとも、元・勇者の隣にいる『光の盾』は優しく微笑みかけた。



「彼を知り己を知れば百戦あやうからず。彼を知らず己を知れば一勝一敗す。彼を知らず己すら知らざれば百戦必敗す。……剣士ラルフェイン、あなたは自分を見つめ直し、己をよく知る事が出来ました。あとは、僅かばかりの“知性”が欲しいところですわね」



「あ~、その点はホント面目ない」



「何回、罠や嘘話に引っかかったかしらね。もう少し、疑うと言う事を知った方がいいわよ」



「それは仲間の神官や魔術師に任せている。俺はどうにも頭脳労働が苦手でね」



「それでバランスが取れるならよいでしょう。仲間の話が耳に届いている内は問題ありませんわ。特にこの人ときたら……」



 そう言って、『光の盾』は『剛腕』の鎧をコツンコツンと軽く叩いた。



「仲間の『影法師』が何度背中を押してもダメだったんですよ~。『はよ告

らんか、この唐変木め』って言われていたの、私は知っていたんですからね」



「ほほう。かつての勇者様はとんだ臆病者であったのですな~」



 二人の視線が突き刺さり、『剛腕』は気まずそうにそっぽを向くだけであった。



「巨人王ジャールートとの決戦前夜になっても全然ダッメ! 『影法師』がね、『今日と言う今日こそちゃんと添い遂げんかい! 抱けぇ~、抱けぇ!』って言っても、『決戦が終わったらそうする』って逃げたのよ~、この人」



「そりゃ無責任にも程がありますね」



「でしょ? だからあなたも逃げちゃダメよ♪」



「善処します。かつての勇者の二の舞にはなりたくないですから」



 集中攻撃に晒される元・勇者はこれまでとばかりに咳払いをした。



「まあ、あれだ。剣士ラルフェインよ、お前は勇者に必要な要素を、その大部分を備えている。樹海を踏破し、屋敷の置物に怯えることなく突き進み、最低限の勇気を示した。淫魔サキュバスの誘惑に屈することなく、貞操を貫いた。木こりの老人に破れた事を恥じることなく受け入れ、向上心の糧とした。どれも素晴らしい」



「そりゃどうも。でも、『身代わり人形スケープゴート』の件は失敗だったって言うんだろ?」



「いかにもその通り。助けを借りずに試練を乗り越える、この禁令に違反したからな。もし、人形の件を告白していれば、私の評価もさらに上がったのだがな」



「魔王だと考えていたあんたに、それを告げるのには酷だぜ」



「前後の会話や禁令の事に素早く思い至っていれば、気付けたはずだ。元・勇者にかけられた呪縛を解き放つ事に気をやり過ぎて、うっかり足元の落とし穴に気付けなかった点は減点だ。もっと広く視野を持て」



「その点は本当に面目ないぜ。まあ、『光の盾』の演技が上手くて、まんまと騙されたのは痛すぎた」



「それ以上に、“死”を恐れての行動だと言う点がいただけない。人形を隠し、秘して死を免れようとしたとなれば、なおの事な」



 この点は剣士も納得していた。


 結局のところ、“死”を恐れて、勇気がしぼんでいたのは間違いないからだ。


 元・勇者を救い出すなどと言うお題目も、結局は後付けでしかない。


 勇敢に振る舞っているつもりでも、どこかで臆している事を、目の前の試験官は正確に見抜いていたのだ。



「だがな、一つだけこちらの予想を超えた点がある。何だか分かるか?」



「分からん」



「正直で結構。それこそがお前の美徳であり、欠点でもある。すなわち、“私に口付けをした事”だ」



「あ~、あれか~」



 滞在二日目、剣士が淫魔の女王サキュバス・クイーンに襲われた時の事だ。


 作り話に騙されて隙を作り、まんまと虜となって縛り上げられた。


 あやうくそこで“童貞”を失う事になりかけたが、事前に胃の中に仕込んだ魔法薬ポーションのおかげで事無きを得た。


 その際に捧げられた“偽りの愛情”を、夕刻に帰宅した領主に“口付け”という形で告白したのだ。


 手に入れたものを申告せよ、という約定があったための措置であったが、同時に「もう企みはバレているんだぞ」という牽制も込めて、だ。



「普通、聖域が実は魔族の巣窟でした、とバレてしまえば逃げ出すのが大半だ。そんな状態では試練もへったくれもないと考えてしまうものだからな」



「あるいは、俺がそうしたように、一発かましてやろうと考える命知らずもいる」



「そう。だが、そうした輩は寝首を掻く事を念頭に行動し、女王クイーンに扮した『光の盾』を封じて、それから何食わぬ顔で過ごしてしまうものだ」



「でも実際、『光の盾』の行動を封じることはできない。舞台装置システムの一部になっている以上、聖域の中では万能に近いから」



「いかにも。だが、お前は敢えて逃げずに、正面から突っ込んできた。口付けとは、すなわち告白の証。もっとも、告げられたのは愛の告白ではなく、“宣戦布告”であったがな」



「男女のそれも宣戦布告でしょうが。恋愛の機微には疎い自覚はありますが、駆け引きから逃げていたと言う点は、今し方聞き及びましたぞ」



「おいおい、それは言わんでくれ」



 実際、『光の盾』は『剛腕』は再び小突き始めていた。


 どうやらそこが元・勇者の弱点であるようだと、剣士は笑ってしまった。


 『剛腕』は恥ずかしそうに再び咳払いして、話を戻した。



「ま、まあ、あれだ。口付けの件は、お前に刻み込まれた“誠実さ”の表れでもあり、同時に猪突しすぎる“危うさ”の証明にもなる。お前に必要なのは、あるいは勇猛さよりも、程よく抑えてくれる存在なのだろうな」



「その点は仲間に任せているよ。まあ、しょっちゅう魔術師にお小言を言われる」



「……そうか。ならば、仲間を大切にすることだ。失ってからでは遅いからな」



 そう言って『剛腕』は『光の盾』の肩に手を置き、優しく微笑みかけた。


 かける言葉などはない。それだけでも十分だと言わんばかりに。



(分かってはいても、言葉をかけるのも重要なもんだな)



 剣士は二人を見ていて、つくづくそう感じてしまった。


 どうにも勇者と名の付く者は不器用らしい、と。

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