第38話 騙し騙されて

 死は恐ろしい。それは生きる者として、当然抱く感情だ。


 死を克服する事は不可能であり、それだけに覚悟を決めて踏み込む勇気は常に称賛されるものだ。


 死地に赴き勇敢に戦う姿は、例え血泥にまみれようとも気高い。


 そして今、その試練の真っ最中なのが、勇者を目指す少年剣士だ。



(堪えろ……。落ち着け……。相手の一撃は死に能うものだ。食らえば確実に死が待ている。だが、回避も防御もできん。罠と分かって飛び込んだ結果だ)



 当初の取り決めでは、相手に一撃を入れて絶命させれば勝ち、というルールの下で勝負となった。


 しかも、わざわざ先制を許した上で。


 だが、当然罠だった。


 剣士が狙ったのは首。他は重厚な全身鎧フルプレートに覆われているため、狙うのが不可能だった。


 それこそが罠。わざと首を狙わせ、そして、余裕で凌いだ。


 首を切断したとて意味はない。なにしろ、相手は首無騎士デュラハンだ。


 元から首などなかったのだから。



(だが、こここそ好機だ。奴が今度は仕掛けてくる。あの巨大な斧では、振り下ろした後の硬直がある。そこを狙うぞ!)



 身代わり人形スケープゴートの効力で、一度ならば死を回避できる。


 真っ二つにされようが、斬首されようが、それを人形が肩代わりしてくれる。



(まずは斬られる。そして、勝負が決したと思った瞬間に切り込み、『雷鳴剣アブラ・カタブラ』で電撃を直接、首無野郎に流し込む! それしか手はない!)



 作戦は決まった。


 覚悟も固まった。


 あとは自分が“死ぬ瞬間”を持つだけだ。


 死を肩代わりしてくれるとは言え、それでもやはり怖いものは怖い。


 それでもこれを乗り越えて、目の前の化物を屠らなければ、自分が生きて仲間達の下へ戻ることはない。


 嘘つきになる気など、毛頭ないのだ。



「では、行くぞ!」



 首無は豪快に斧を振り上げ、大上段に構えた。


 そのたたずまいはまさに断頭台ギロチン。脇に抱えたままの首からも、一撃の下に絶命させんとする意気込みを感じさせる表情になっていた。


 それに気圧された。ビクリと肩を震わせ、剣士は思わず腕を上げてしまい、防御の構えを取ってしまった。


 大重量の武器相手には、今の防具では貧弱過ぎるので、全く無意味な行動だが、それでも死を恐れる本能がそうさせてしまった。


 思わずしまったと剣士は自らの行いに舌打ちしたが、それは嘲りとなって耳に突き刺さった。



「クハハハ! なんだぁ~、そのへっぴり腰は! よくもまあ、そんな不覚悟で勝負を受けたな、この臆病者め!」



 当然のごとく、首無からあらん限りの罵声が飛んできた。


 脇に抱えられた首は捲くし立てるように口を動かしては、嘲り、罵り、その不甲斐ない姿勢をなじった。


 剣士は言い返す事も出来ず、無言で再び直立の姿勢を取った。



(恐れるな! 一度だけなら、身代わりになってくれるんだ! 相手の動きを見て、反撃の機会を逸するな!)



 姿勢を正し、視線は相手の動きを逃すまいと、先程よりもさらに凄みのある視線でジッと見つめた。


 それを確認してから、首無は再び斧を振り上げた。



「フフフ……、今度は無様を晒すなよ! ちゃんと一撃で屠ってやるからな!」



 そして、豪快に空気を切り裂く音と共に斧は振り下ろされた。


 死が迫る。されど、動いてはならない。


 剣士は微動だにせず、自分の死と、その“死の先”を見据えて、斧と、そして、何より目の前の化物を凝視した。


 だが、死は訪れなかった。


 まさに神業。あの大重量の斧を、剣士の首スレスレで寸止めしたのだ。


 仮に止めようとしても、重さに引っ張られて止める事など不可能な大きな斧を、爪の先程もない位置でピタッと止めた。



「ほう……。今度はちゃんと決意は固まっているようだな。切り裂く瞬間まで、微動だにしなかった」



 なにやら満足そうに脇の首がニヤつき、そして、また斧を振り上げた。



「よいぞ、よいぞ。それでこそ勇者にならんと挑むに相応しい者だ。死を感じながらも、死すら乗り越えようとする気迫、勇気、度胸、実に美しく、力強い」



「…………」



「そして、それを手折るのが何よりの喜び! さあ、遠慮する事はないぞ! 叫べ! 泣け! 死がお前を迎えに来るのだ! 我が斧にて、この世とあの世の境を切り開いてやろう!」



 高らかに宣言する首無。


 だが、その時、剣士の脳裏に強烈な違和感が走った。


 直感と言っても良い。人形の力で一度だけとは言え、死を免れることができるというのに、それを飛び越えて死が差し迫っている。


 そういう感覚だ。


 そして、気付いた。始めから、全部が全部、偽者フェイクである事に。



「待った!」



 考えがまとまると、咄嗟に叫んだ。


 声は震えている。なにしろ、斧の一撃を受けようが受けまいが、すでに死が確定しているからだ。


 まんまとハマった。と言うより、自ら進んで墓穴を掘ったに等しい。


 それにようやく気付いたのだ。



「どうした? またしても臆したか?」



 振り上げた斧の構えたまま、首無は再び嘲りの言葉をぶつけてきた。


 脇にある顔もしっかりと侮蔑の表情になっており、この期に及んでなんだと言わんばかりであった。



「全部、嘘、幻、デタラメだったな!」



 そう言うと、剣士は懐にしまっていた『身代わり人形スケープゴート』を取り出し、そして、それを首無に差し出した。



「ほ~う。『身代わり人形スケープゴート』なんぞ、持っていたのか。それが潔さの証か。とんだヘタレ・・・な勇者様もいたものだな!」



「やってくれたな! おい、女王クイーン! お前もいるんだろ!? 姿を見せやがれ!」



 静寂の夜空に響く剣士の大絶叫。


 山の頂とあって、声は遮るものなく、方々に拡散した。


 そして、それは現れた。


 先程、麓の屋敷で見送った領主の夫人。闇夜をそのまま溶かし込んだような黒い髪と瞳を持ち、シュッと首無の横に現れた。


 無論、その正体は淫魔の女王サキュバス・クイーンであり、すでに正体を隠す必要もないので、角や尻尾が見えていた。



「あ~ら、ボウヤ、ようやく気付いたのね。もう少しで裁きがあなたに下るところだったのに、寸前で気付いた事は褒めてあげるわ」



「やっぱりか! クソ、あの護符だけでは不十分だったか!」



「あんなチャチなお守りで、私の力を封じれるなんて思わない事ね。やられたふり・・をしてあげただけなんだから。もっと悪辣な罠の中に」



 そう言うと、女王は剣士が突き出している人形を掴み、それを取り上げた。


 抵抗はない。なにしろ、必殺の間合いに首無が構えたままなので、下手な動きは死を意味する。


 そして、死と同時に人形の効力が発揮し、“自分が死ぬ”事も分かっているからだ。



「重畳重畳。ちゃんと、こちらの仕組んだ罠の事を理解しているようね」



「ああ。まったく、とんだ性悪女だ! 『光の盾』を装って、その人形を渡す。それがお前の仕組んだもう一つの罠だな!?」



「はい、正解♪」



 例え絶世の美女であろうと、余裕で殺意の枠レベルの笑みを向けてきた。


 見下し、嘲り、罠にはまった羽虫を笑い飛ばしてくる、どうしようもない性悪だ。



「禁則の第一! 試練は一人で乗り越えなくてはならない! まあ、聖域の外から持ち込んだ薬程度ならいいけど、聖域内部で“誰かに助けてもらって、それを試練の攻略に利用する”のは、もちろんアウトよ♪」



「だろうな。なんでそれに気付かなかったんだ……」



「もちろん、私の騙しの手管が優れていたからに決まってるじゃない。いかにもありそうなお話を用意して、英雄、勇者に憧れる挑戦者をその気にさせる。そんな話に“二度”も引っかかるなんて、あなた、お人好しに過ぎるわよ」



 確かに、引っかかったのは二度目であった。


 一度目は屋敷で、二度目は雑木林で、『光の盾』を騙られて裏をかかれた。


 言われるまでもなく、お人好しに過ぎると言うものだ。


 もはや進退窮まったと感じた剣士は、腰に帯びていた剣を抜き放った。

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