第37話 一撃必殺

 数多ある武器の中から、剣士が選んだのは“巨大な斧”であった。


 両手で握れる長めの柄と、重厚な両刃が特徴だ。


 この重量の武器が直撃すれば、人の頭部などスイカのごとく砕け散るのは火を見るより明らかだ。



(無論、相手が“ただの人間”ならな!)



 剣士はあれこれ思考を進めてはいても、相手をよく観察するのを怠ってはいなかった。


 そして、気付いたのだ。目の前の男からは、心音・・も聞こえてこない事に。


 研ぎ澄まされた聴覚と、周囲には何もな静寂の空間だからこそ気付けた。



(この時点で相手は人間でない事は明白。人間相手なら、心臓への一撃が最も有効なのだがな)



 なにしろ、相手は重厚な全身鎧フルプレートに身を包んでいる。


 強度がどの程度か不明であるし、あるいは魔術的な強化が成されている可能性もある。


 そう考えると、鎧の隙間から刺突武器を差し入れ、臓腑を抉る一撃をまずは考えたりもした。



(だが、心臓が動いていないとなると、それは決して有効だとはなり得ない。だからこその、この巨大戦斧グレートアックス! 命中すれば一撃必殺だ!)



 剣士の狙いは当然、兜を脱いで露出している頭部だ。


 使い慣れていない武器ではあるが、なにしろ相手は防御も回避もしないというのである。


 あとは腕力に物を言わせて振り回せば、確実に命中する。


 使い慣れていない武器でさえ、必中だ。



(後の問題は、どう攻撃するかだ)



 この巨大戦斧グレートアックスを振り回して一撃を入れようとすると、選択肢は二つしかない。


 真っ直ぐ大上段から振り下ろし、頭頂部に叩き込むか、あるいは豪快に横から薙いで、頸部ないし顔面を切断するか。だ。


 どう攻撃すべきか、斧の柄の握りを変えながら悩んでいると、領主は嘲笑うかのようにニヤリと笑った。



「わざわざ斧を選ぶとは、浅はかな事だ。あの老人への敬意かね?」



「そうだ」



「所詮は勇者の成れ果てだ。木こりに身を落とし、覚めぬ悪夢を見続けるだけのどうしようもない愚か者。あんな者に何の価値があると言うのか」



「価値の判断なんぞ、人それぞれだ。何しろあの人は、俺が目指す勇者そのものだからな」



「憧れるのは結構だが、憧れるだけでは、超える事はもちろん、並ぶ事すら叶わんぞ。憧憬と理解は天地ほどの差があるゆえにな」



「模倣するつもりはない。だが、あの人への侮辱はやめてもらおうか! 勇者を目指す者、その全てへの侮辱だ!」



 意を決して、ガシッっと柄を握った。


 剣士は勢いよく斧を振り回し、雄叫びと共にその刃を頸部に叩き込んだ。


 力任せに横一閃、命中、そして、切断。


 肉を切り裂き、頸椎を断ち、斧は右から左へと走り抜けた。


 ゴロリと頭部は地面に転がり落ちた。


 だが、血は吹き出さない。なにしろ、心臓が止まっているような相手だ。


 首を切断したからと言って、どうなるかもわからない。



(さあ、どうだ!?)



 普通ならば、これで相手は死ぬ。首を切断されて生きているなど、それは化物以外の何者でもない。


 だが、目の前の領主は、その化物である。


 手がない以上、相手の用意した舞台で踊ってしまったが、どういう結果になるかは分からない。


 緊張の時間が過ぎていき、一呼吸の時間が一生に感じる程に長い。


 動くな、絶命しろ、そう願わずにはいられない。


 だが、それは動いた。地面に転がった首がニヤリと笑ってきたのだ。



「見事だ。慣れぬ武器で首を切り落とした腕前は褒めおこう。だが、勇者を名乗るには、いささか足りぬな」



 椅子に腰かけていた体も動き出し、転がり落ちていた首を手に掴むと、それを左脇に抱えた。


 やはり首を狙いやすくしたのは罠だったのかと、剣士は気付かされた。



「……首無騎士デュラハンだったのか、お前の正体は!」



「いかにも。魔王云々は女王クイーンのでまかせ。お前をビビらせ、おちょくるための方便だ。それに怯むことなく立ち向かってきた点は良しとしよう」



 ペラペラしゃべる左脇の首は不気味に笑う。


 それはさながら死刑宣告であり、剣士の全身にズシリとのしかかって来た。


 なにしろ、首無騎士デュラハンは見た者を冥府に送り届ける死出の騎士だ。


 不死者アンデッドの中でも、最上位に属する存在であり、これを見た者はまず死ぬと言われるほどの強敵。


 今まで抑え込んでいた魔力と死臭が一気に噴き出し、同時に剣士の全身から冷や汗が垂れてきた。



「では、私の番だな。折角であるし、私もこれを使わせてもらおうか」



 首無騎士デュラハンはそう言うと、剣士が握っていた巨大戦斧グレートアックスを奪い取り、右手だけでブンブン振り回した。



「約束は約束だ。勝負のルールに従い、今度は私の一撃、受けてもらおうか!」



 ルールの上では、その通りだ。


 一撃の下に倒せればよかったのだが、相手は伝説級の不死者アンデッドであった。


 正体を知った今となっては、相手の口車に乗ったのは失策だったと舌打ちした。


 なにしろ、相手が用意した武器の数々は、どれも相手を倒すことができない物ばかりなのだ。


 足下に転がる武器の数々、手にした斧はもちろんの事、剣でも、槍でも、鎚でも、弓でも、伝説級の化物相手には不足だ。


 勝負と言う体裁は整っているが、イカサマにも等しい。


 倒すことができない武器を用意して、「さあ、倒してみろ」などあくどいにも程がある。


 そして、自分は反撃の一発を受けなくてはならない。



(くっそ! やっぱり罠だったか! 危険を承知で『雷鳴剣アブラ・カラブラ』を使った方が良かったぜ!)



 単純な物理攻撃では倒せない相手である以上、強烈な電撃を浴びせた方がマシな選択とも言えた。


 今にして思えば、わざわざ武器を用意したり、あるいは『雷鳴剣アブラ・カタブラ』を使わせないように仕向けたのも、やられる危険を感じたからこそだと、剣士は考えを改めていた。



(本来なら、ここで終わりだ。……だが!)



 試練においては、禁令で虚言が禁じられている。


 勝負を受け、ルールを取り決めた以上、それは絶対だ。


 仮にも勇者たらんとする者が、約を交わしておいて舌の根が乾かぬ内にそれを違えるなど、資質に難ありと言われれば何も言い返せなくなる。


 勝負を受けた時点で、死が確定したようなものだ。


 しかし、剣士には切り札がある。


 『光の盾』から受け取った『身代わり人形スケープゴート』だ。



(あの斧の一撃を食らえば、確実な死が待っている。だが、人形で一度きりとは言え、耐えることができる。そうであるならば!)



 臆する必要はない。相手の一撃を凌ぎ、次の自分の手番で決めれば済む事だ。


 『汝に死の雷をアブラ・カタブラ』、伝説級の化物を屠る好機は次だと、剣士は気を落ち着かせた。

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