第36話 疑念

 初撃で目の前の男を屠らなければ自分が死ぬ。


 当然、何か仕掛けてくる、あるいはすでに仕込んでいるのは明白だ。



(斬られれば死ぬ。そう……、“人間”ならば、当たり前の話だ。回避も防御もなく、一撃を入れさせるなど、普通は有り得ない。ならば、これは俺の“観察眼”を見極める試練か!?)



 樹海を単独で踏破して、孤立無援にブレることなく“勇気”を示した。


 木こりの老人、元勇者の指南を受け、より強固な“覚悟”を固めた。


 美女の群れからの誘惑に耐え抜き、“誠実さ”を失うことなく切り抜けた。


 三つの禁令もまた然り。いずれも“精神面の確かさ”を確認しているかのような試練ばかりだ。



(ならば、これは死が差し迫る中にあっても、冷静さを損なわず、相手の本質を見極め、切り抜けて見せろと言うもの。だが……)



 剣士の予想はあくまで、“魔族の介在”がない状態での試練についてだ。


 しかし、今はここには魔族が住み付き、勇者候補と言う良質な餌を食べるための、血塗られた食堂と化している。


 この最後の試練にしても、何かしらの“毒”が盛られているはずだと考えてしまう。



(魔族は『勇者の試練』の舞台装置システムに寄生し、自らも役者として出演している。だが、神の意図した台本を書き換え、自分達に都合よく改変している。それを見極めねば!)



 何しろ、『光の楯』の話では、数多の挑戦者が失敗してきたのだという。


 しかも、この『試練の山』に登り、こうして元凶と相対するのも、二十年ぶりと聞いていた。


 どこに罠が仕込まれてきるのか分からなくては、迂闊に動くこともできない。



「どうした? やはり臆したか? なんなら、今から下山しても構わんぞ」



 見透かしたように、なおも畳み掛けてくる。


 元凶をどうにかしなくては、今後も犠牲者を増やすばかりだ。


 それどころか、目の前の男が本当に魔王だった場合、その復活を阻止するどころか、座して指を咥えて見ていた事になる。


 勇者失格どころではない。世界にもたらされる混乱を防げなかった、大戦犯になりかねない。


 考える暇もない。あくまで試練とやらを受けられるのは、山頂部の雷雲が晴れているときだけ。


 朝日の到来とともにすべてが終わる。


 仲間達から、あるいはかつての英雄から託された想いを、捨て去ってしまうに等しい愚行だ。


 ならばと、決心して剣の柄に手をかけた。



「待て。その武器は使わない方がいい」



 いきなりの制止に、剣士もまた手を止めた。



「この剣を使ってはならない理由はなんだ?」



「その剣は雷雲を呼び起こし、雷をまとわせる武器だろう? ここは雷雲が常駐する場所。今は週に一度の晴れる時間だが、それを使うと必要以上に雷雲を呼び寄せ、ここにいられなくなるやもしれんぞ」



 領主の回答も一理ある話であった。


 元々雷の精霊が蠢く場所で、さらに雷雲を呼び起こすような真似をしては、暴走する可能性があった。


 なにしろ、『雷鳴剣アブラ・カタブラ』には制御機能は付いておらず、雷を呼び寄せる事は出来ても、狙って打ち付ける事はできないのだ。



(だが、それよりも問題がある! なぜこの剣が、雷を呼び寄せる武器だと言う事を知っている!?)



 剣士がこの武器を使用したのはたったの一回。『光の盾』との戦闘時だけだ。


 あとは使ってもいなければ、話してもいない。初日の夜にしこたま酒を飲んだが、剣については喋っていない。


 あくまで仲間達との冒険譚を語って聞かせただけで、特にこれと言った武器自慢は口にしていない。



(そう考えると、あの現場を見られたのか!?)



 『光の盾』とのやり取りを見られたのだとすれば、策のすべてが破綻する。


 裏で『光の盾』や『影法師』が動いている事もそうだが、『身代わり人形スケープゴート』についても知られている可能性も出てきた。



(なんのつもりだ!? 泳がせているのか、単に遠巻きに剣が呼び寄せた雷を見ていただけか……。クソッ、判断が付かん!)



 情報が錯綜し、これだと言う答えを見出せない。


 だが、そんな剣士をよそに、領主は試練をさっさと進める気でいた。


 手を叩くとカシャンと金属がぶつかり合う音が響いた。


 そして、剣士の足下から無数の武器が生えてきた・・・・・



「うお!? なんだ!?」



「愛用の武器が使えないのは心苦しいだろうが、代わりに良さげな武器を用意した。さあ、好きな得物を手に取るがいい」



 出てきた武器もより取り見取りだ。


 剣はもちろんの事、斧や槍、鞭に槌、果ては弓まであった。


 およそ“武器”と評されるものが一堂に会したかのようだ。



「さあ、武器を取れ、勇者を目指す者よ。見事一撃で私を屠ってみせよ!」



 待ったなし。猶予を与える事すら、領主は拒否した。


 考えがまとまる前に動かざるを得ない。


 錯綜する情報が疑念を呼び、それでもなお引き下がる選択肢は取れない。


 ならばと、剣士は足下にある武器に手を伸ばした。

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