第35話 儀式の舞台

 剣士と領主は長大な階段を登り切り、『試練の山』の頂上に到達した。



「これは……」



 その景色は剣士にとって、意外なものに映った。


 何しろ、山頂には何もない。真っ平に整地された広場があるだけで、特に見るべき点がなかった。


 誰が用意したのか、篝火がいくつか用意されているだけだ。


 何かしらの祭壇や、あるいは祠でもあるかと考えていただけに、あまりに殺風景な場所は肩透かしを食らった格好だ。



「拍子抜けしたか?」



 領主は剣士の心情を察してそのような言葉を投げかけたが、返事を待たずに広場の中央へと移動した。


 そして、きびすを返し、階段の近くで立ち竦んだままの剣士を見つめた。



「どうした? さあ、来るがいい。お前の望んだ勇者の試練、始めるぞ」



 領主は脇に挟んでいた兜を地面に落とすと、腕を組み、挑発的な嘲笑を剣士にぶつけた。


 この期に及んで、なお臆するのかと言いたげな嘲りだ。


 無論、剣士も今この時のためにやって来たのだ。


 腰に帯びた『雷鳴剣アブラ・カタブラ』の存在を確認するかのように手でなぞり、そして、意を決して領主の前に立った。


 距離にして十歩。一息に飛び込める距離だが、剣はまだ抜かない。


 なにしろ、相手は甲冑こそ着込んではいるが、武器を一切持っていないのだ。


 戦う事を目的としているが、それだけに相手の武器を持たない状態で不意を討つのは、あまりに格好が悪い。


 その考えが、飛び込むのを躊躇わせていた。



「……で、あんたを倒せって事だが、何かルールでもあるのか?」



「なぁに、実に単純なものだ」



 すると、先程地面に落とした兜がグニャリと歪み、椅子に形状を変えた。


 領主はそれに座ると、さあ来いと言わんばかりに両腕を大きく開いた。



「私は椅子に座ったまま、一切動かない。防御も回避もなしだ。そんな無防備な私に一発入れて、一撃の下に命を断ち切って見せよ。だが、もし私を殺し切れなかった場合、私は君に反撃する。ルールはそれだけだ」



 ルールは単純明快であった。


 互いに攻撃し、相手を殺すと言うものだ。


 先に相手を絶命させた者が勝ち。



(だが、先番をこちらに譲っただと!?)



 ルール上、先手を取った方が圧倒的に有利なのは言うまでもない。


 だが、目の前の不気味な存在は、先に打ち込んで来いと言うのだ。


 先手の圧倒的優位性、それを何の代償もなしに手にすると言うのは、剣士の警戒心を高めるのに十分過ぎた。



(いや……、弱点を突かねば死なないというパターンもある)



 英雄、勇者に憧れる剣士にとって、古の英雄の話はよく覚えていた。


 そのうちの一つが即座に頭に浮かんできた。



(その昔、多頭大蛇ヒュドラという怪物がいた。とんでもない再生能力を持ち、十二ある首を全て同時に倒さなくては、次々と首が生え変わったと言う。当時の大英雄は巨大な槌で頭を叩き潰し、炎で焼いて再生を遅らせ、ついに十二の首をすべて叩き潰し、怪物を退治した)



 そんな話を思い浮かべながら、待ち構える領主をじっくり観察した。


 幸い、古の怪物と違い、相手は人間。首は一つしかない。


 あるいは、心臓を穿つという手段も取れる。


 一撃で屠るなど、剣士にとっては容易い事だ。



(そんな事は分かり来っている。なら、なんでそんなルールを!?)



 裏があるはずだと、どうにも勘繰ってしまう。



「何を臆する事がある? 私は動かないのだぞ。無条件で初撃が入るのだ。それとも、人一人を殺せぬほど、君の腕前はボンクラ・・・・なのかね?」



 安い挑発ではあるが、同時に退路を断つ誘いでもある。


 なにしろ、禁令によって虚言が禁じられている。


 受けてしまえば、相手を初撃で仕留められなかった場合、今度は無条件で自分が攻撃を食らう事になる。


 そうなれば、確実な死が待っている。


 逃げることは許されない。逃げた瞬間にルールを破った事になるからだ。


 臆病者な上に嘘つき、拭えぬ悪名と醜態を身に受ける。


 到底、勇者などという英雄には程遠い愚物に成り果てるのだ。



(まさに、生き恥を晒す、だな)



 相手の正体を掴めぬ以上、このルールに乗るのは危険だ。


 だが、下がると言う選択肢もないのもまた事実だ。


 戦って勝たねば、今日を乗り越え、明日の朝日を拝めない。


 選択など、始めから一つしかないのだ。



「いいぜ、やってやる!」



 覚悟は決まった。


 再確認した、と言った方が適切かもしれない。


 剣士は前に踏み出した。

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