第21話 地下室にて

 意識を取り戻した剣士は、ゆっくりと動き始めた頭を働かせ、状況の確認を行った。


 だが、目はまだ瞑ったままであるし、呼吸以外の動きは極力避けた。


 近くに何者かの気配を感じたので、ある程度の状況確認が済むまで眠ったふりをしておこうと考えたのだ。



(ひんやりとして、それでいて若干澱んだ空気……。おそらくは地下室か、あるいは洞窟の中だろう。それなりに大きめの寝台ベッドの上、それに……)



 ジャラリと言う音。四肢に枷を嵌められ、鎖で固定されていた。


 手足を広げた格好であり、寝台ベッドの上で大の字という感じだ。



(つまり、箱に仕込んだ術式で俺を眠らせ、その間にどこかに運び込んだというわけか。即座に“殺す”という選択肢を取らなかった以上、何かしらの目的や理由があってそうしたはず)



 ならばそれを聞き出すのが先決かと考え、剣士は眼を開けた。


 暗がかりに燭台の灯が揺らめき、石壁や石畳を視認した。


 この時点で洞窟ではなく、地下室である事が判明した。



「お目覚めみたいですね、剣士ラルフェイン」



 艶めかしく、それでいて不快な囁きが剣士の耳に突き刺さった。


 案の定と言うか、側にいた気配は、意識を奪われる直前まで会話していた、屋敷の夫人その人であった。


 剣士はその奇麗な顔面目掛けて拳を繰り出したが、枷が邪魔をしてジャラリという音だけが地下室に響くだけであった。



「あら~、怖い怖い。でも、元気そうで何よりだわ~」



「何のつもりだ!?」



「決まっているじゃないですか! あなたをこれから食べるのですよ! 無論、性的・・な意味で!」



 怪しく光る夫人の眼は怪しく赤く輝き、寝台ベッドに拘束された剣士の姿を舐め回すかのように見つめてきた。


 そして、舌をペロリ。貴婦人には相応しくない振る舞いだが、いよいよ以て正体現したりと剣士は考えた。


 いくつかの疑惑のピースがハマり、ようやくにして形を成した。


 こいつはとんだ“茶番”だ。そう気付いた。



「お前は聖域の管理者なんかじゃない! どちらかと言うと、寄生者の類だ!」



 剣士は唯一動く頭を動かし、その視線で夫人を睨み付けた。


 その先にいる夫人は始めは驚いて目を見開き、次いでニヤリと笑った。



「へぇ~、意外や意外。頭の悪い脳筋かと思いきや、観察眼や思考力は割と良かったみたいね。まあ、正解と言ってあげましょうか」



 余裕の笑みを浮かべる夫人は手を叩き、動けぬ剣士に拍手を贈った。


 実際、その答えに行きつくとは考えてもいなかったため、素直に驚いてはいたが、それだけに称賛の拍手は惜しむことなく地下に響くほどに叩いた。



「先程の村の姉妹と言い、どうにも精神が揺さぶられる感覚があった。身を委ねてしまおう、という邪念がな。淫行を禁止とするこの試練において、それは厳禁。されど、それを成そうと言うお邪魔キャラ、そう考えていた。だが、それは“勇者の試練”という舞台装置システムに割り込んできた、全くのよそ者、寄生者パラサイトだ!」



「そう、その通りよ。この領域内ではいくつかの禁令がある。その内の淫行を破らせる者、それが私。……まあ、あなたの言う通り、そこに目を付けてやって来たよそ者なわけですが」



「だろうな。つまり! お前と、あの村人の正体は淫魔サキュバスだ! 試練にやって来た者を捕食する、聖地の舞台装置システムにタダ乗りしている!」



「おおむね正解。あの村の住人はかつての住人は消えてなくなり、今はそっくりそのまま淫魔サキュバスが住み付いているわ。そして、私はそれらを統べる女王クイーンというわけなの」



 勝ち誇ったように笑う夫人は剣士に歩み寄り、そして、跪いた。


 頬に手を寄せ、そっと自らの唇を頬に押し当てた。


 良い香りのする、それでいて不快な冷たさを感じる口付けであった。



「ご想像の通り、私と、私の眷属はこの聖域に入り込み、覚めぬ夢を与え続けているの。勇者を目指してやって来た者を、夢の世界へ落とし込み、淫蕩な本性をさらけ出させる。しかし、それに誰も気付かない。なにしろ、あなたも感じていたように、その誘惑も試練の一端であると誤認したのですから」



「ああ、よくできている。禁令で淫行が禁じられている以上、それを求めてあちこちから誘惑されれば、試練の一環だと誤認する。しかも、もし正体がバレたとしても、殺生も禁じられているから、迂闊に手出しができないと言うわけか!」



「そうよ。何しろ、ここには放っておいても、良質な餌が次々とやって来るんですからね。止められませんわ!」



「あの樹海を踏破してやって来るような奴だ。勇者の候補になるような優秀な者が単独でやって来るし、罠にハメて捕食するにはもってこいの場所。しかも、手出しができずに、一方的に誘惑しても問題がない」



「ええ。まずはあの村の住人が誘惑する。そこで【誘惑の呪チャーム】の虜となればそれまでの事。その誘惑に耐え、館に無事帰還するほどの猛者は、この私が直接捕食する。もちろん、お涙頂戴の作り話カバーストーリーで油断させてね」



 続けて二度、三度と夫人は執拗に剣士の頬に口付けをしてきた。


 まるでもうこれは私のものだと言わんばかりだ。


 実際、枷を嵌められて身動きの取れない状態であるし、食べられてしまうのも時間の問題と言えよう。



「ならば、あの老人は!? 木こりは元・勇者ではないのか!?」



「ああ、あの老人は“本物の勇者”で間違いないわ。『剛腕』その人よ」



「ならば、なぜあんな事に!?」



「簡単な事よ。先程話したけど、あの者がこの地にやって来たのは本当。ただ、あの者が試練を乗り越えて勇者になった後に、私がこの地に住み着いたのよ。そして、神に扮した私の託宣を信じ、今も覚めぬ夢の中を彷徨っている。想い人と過ごす夢をみているわ。もっとも、その『光の盾』は私が演じているわけなんですけどね」



「クッ……。悪趣味な!」



 ようやく合点がいった。


 “勇者の試練”は存在するが、その舞台装置システムに魔族が住み付き、餌場に変えてしまったということだ。


 おまけに、“本物の勇者”が役者の中に混じっているため、誰も魔族の餌場だなどと疑うことは無い。


 樹海に張られた結界の性質上、単独でなければ聖地に入れない事になっているため、罠を張り、口封じをしてしまうことなど造作もない。


 とんでもない場所へと入ってしまったと、剣士は冷や汗をかいた。


 そんな焦りを敏感に感じ取ってか、夫人はその手指を剣士の股座またぐらへと誘い、そこを摩った。


 なかなかにご立派なものがあるようで、それは淫靡な魔族を満足させるのに十分であった。



「勇者、それは誰しもが憧れる存在。その称号を得られる試練とは何か? そそられるわね~。クフフ、覚えておきなさいボウヤ、未知への好奇心は足取りを軽くするけど、ともすればそれは足元を掬われる原因にもなる」



 ゆっくりと、そして、魔力でも籠っているのかと思うほどにその手からは、悦楽と興奮が吹き出していた。


 身動きが取れず、おまけに魔族に睨まれていると言うのに、男の象徴が律義に反応を示す。


 鎮まれと念じても、まるで無視だ。


 体と、精神が、乖離しているかのように言う事を聞かない。



「未知とは好奇心であると同時に闇であり、闇とはすなわち恐怖でもある。恐怖を克服せんがために闇に飛び込むも、光差し込む前に落とし穴に落ちる。残念! 剣士ラルフェインの冒険はここで終わってしまうようね!」



 不快感と心地よさを同居させた言葉に打ち据えられながら、剣士の意識は徐々に快楽に沈んでいくのであった。

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