第20話 試練本番に向けて

 “勇者の試練”の隠された謎、そして、行方知れずとなったかつての勇者の現状を聞き、剣士はなんともいたたまれない気分になっていた。



(栄光無き英雄、か。愛する人との平穏を求めて戦い、終わってみれば愛する者はこの世に無し。報われない事はなはだしいな)



 そして、その死んだはずの英雄の仲間にして恋仲の女性が目の前にいる。


 『剛腕の勇者』を守り抜く『光の盾』その人だ。


 数々の防御魔法を使いこなす神官であり、『剛腕の勇者』が前を向いてひたすらに突進できたのは、防御を気にせずにいられたからだと伝説には語られる。


 あるいは、影ながら背中を押す『影法師』もいた。


 まさに勇者、それを守る盾、影のごとく寄り添う者、伝説に語られる巨人王を打ち倒せし三人組だ。


 だが、盾は砕かれ、勇者の心もまた砕けてしまった。


 邪悪なる巨人王を打ち倒したという栄誉を受けることなく、いずこかへと消えた。


 『剛腕』を守りし『光の盾』は失われ、寄る辺を失った『影法師』もまた、巨人王の首を届けた後、姿を消した。


 その『剛腕』がこの聖域にて暮らしていた事を知ったのは、今し方だ。


 それはあまりにも悲しい事であり、剣士としては目の前の夫人にかける言葉もなかった。



「別に気にすることもありませんよ。これはあの人が望んだことであり、私もまたこれでも良いと思っています。何十年かかろうとも、次なる勇者が現れるまで、彼と私はこうしていられるのですから」



「……もし、俺が試練を乗り越えて勇者になったらさ、あんたらは消えちまうのか?」



「おそらくは。次なる勇者の登場までという、神との約束もありますので」



「それでいいのか!?」



「私は一向に構いません。本来なら、死してあの世へ旅立つはずの身。不完全とはいえ、長らくあの人と過ごせたのですから、後悔も何もありません。もちろん、あなたが真に勇者足り得ればの話ですが」



 そう、心配など先走り過ぎなのだ。


 勇者の誕生をもってリセットされるのであれば、まずは勇者に相応しい者が現れるのが大前提である。


 無論、剣士は試練を乗り越えるつもりでいる。


 故に、力強く頷いた。



「なら、あんたら二人を神の御下へ送ってやるよ。終わりなんかじゃなくて、まあ、転居みたいなもんだ。地上から天界とやらにな」



「まあ、頼もしい台詞ですわね。なるほど、脅しや謎に怯むことなく勇気と確たる意志を示すその姿、実に美しい。あの人が見込みありと納得されるわけですわ」



「かつての勇者にそこまでの評価を得られるのであれば、男冥利に尽きるってもんだ」



「では、試練本番に望まれるあなたに、託す物があります」



 そう言って夫人はソファーから立ち上がると、部屋の隅に置いていた木箱を持ち上げた。


 軽く片手で掴めるほどの小さな箱であり、それを剣士の前に置いた。



「こいつは?」



「なんと言えばいいのかしら……。本試験への許可証とでも思ってください。明日の夜には『試練の山』に向かわれる事になるでしょうが、その際に中の腕輪を身に付けて行けば、呪いに翻弄されることなく頂上まで辿り着けますわ」



「呪い?」



「管理者の許可なく山へ立ち入ろうとした場合、その末路は二つに一つ。雷に撃たれて灰となるか、呪いによって石になるか、です」



 その言葉を聞いて、剣士は屋敷の庭先に置かれていた石像や、人の顔をした石畳の事を思い出した。


 禁令についてあれこれ説明された時の事であり、禁を犯してああなったと教えられていた。



「なるほど。ああならないための措置か」



「はい。神はズル技チートを許さない。正規の手順を踏まずに立ち入ったところで、相手にされないどころか罰を受けます」



「ま、ゾロゾロやって来ていたら、神様も一々対応するのも面倒ってわけか」



「そのために聖地の管理者がいるのですから」



 夫人の言葉に納得し、剣士は木箱に手を伸ばした。


 見た目の割には妙にずっしりとした箱であり、左手で掴んで持ち上げようとした時、意外な重さに驚いた。


 そして、それをおもむろに開けた。



 プシュッ!



 蓋を開けた途端、煙とも霧とも思えるそれが吹き出し、剣士の顔を覆った。


 何事かと判断する暇もなく、剣士は猛烈な眠気に襲われた。



(【眠りの雲スリープクラウド】だと……)



 普段なら体内の魔力を活性化させ、抵抗する事も出来た。


 だが、今回は完全な不意討ちであり、抵抗する前に術中に陥り、睡魔に襲われながら前のめりに机に倒れ込んだ。


 必死で起き上がろうとするが、気力よりも眠気の方が圧倒的に強く、薄れ行く意識の中、顔を上げるだけで精いっぱいであった。


 そして、そのぼんやりとした視界の先で、夫人が口の端を吊り上げ、ニヤニヤ笑っている姿が見えた。


 そこが限界であった。おもりに引っ張られていると錯覚するほどに重たいまぶたが閉じていき、剣士は意識を失った。

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