第22話 託されしもの

「さて、それでは楽しい楽しい会食・・と参りましょうか」



 夫人もいよいよ正体を表した。


 見目麗しい姿はそのままだが、頭からは角が生え、スカートの下からは黒くて細い尻尾まで伸びてきた。


 彼女自身の宣言通り、その正体は人間などではなく、淫魔サキュバスであった。



「さあ、夢の中へと落ちていきなさい、剣士ラルフェイン。ああ、でも、心配しなくてもいいですからね。別に苦痛を感じる事など致しません。むしろ、文字通りの夢心地にて、享と悦の極地へとご案内させていただきますわ。この私自らが♪」



 夫人は実に楽しそうであった。


 これから始まる夢の世界への誘い、それこそ悪魔の欲するものだ。


 心の動きには“鮮度”があり、活き良く乱高下する様が何よりも美味しい・・・・のだ。


 上げて、落とす。試練の謎に迫り、真実を掴んだところへ、奈落へと蹴落とす事が、魔族として最高の喜びだ。



「歓喜と絶望の落差が激しい程、淫魔サキュバスの女王として満ち足りる事が出来ると言うもの! さあ、あなたはどれほど私を楽しませてくれるかしらね~?」



「…………クッッッ!」



「夢の中にて、私とみだらに抱き合うのです。徐々に魂をすり減らして、やがて死に至りますが、その過程に苦痛はありません。ただただ快楽に身を沈めればよいだけですから」



「…………!」



「そして、私は告げるのです。あの勇者の抜け殻の老人にね。『今回もダメだったわ。次の勇者候補が来るのを待ちましょう』と。未来を託せる次なる勇者を待ち続け、永遠に覚める事のない夢の中へとまた落とす。かつての勇者を惑わし、次の勇者を叩き潰す! 私こそ、闇の支配者にて夢魔の女王!」



 美女と言えど、悪魔の勝ち誇る姿を見させられるのは不快そのものだ。


 剣士は怒りを募らせるも、それ以上の快楽の波がそれに覆いかぶさってきた。



「さあ、あなたも私に身を委ねなさい! 前の挑戦者がそうであったように! 前の前の挑戦者がそうであったように! 私と、私の眷属がお見せする、悦楽の饗宴、覚めぬ夢の中へと堕ちていきなさい!」



 淫魔の笑い声がこだまし、剣士の怒りはますます膨れ上がっていった。


 だが、剣士は燃え盛る心とは逆に、その態度は落ち着いていた。


 深呼吸をして、そして、改めて淫魔の姿となった夫人を見つめた。



「夫人よ、最後に一つ、受け取って欲しいものがある」



「あら、何かしら? 今のあなたに童貞・・以外のものを捧げられると言うのかしら?」



「ああ! それはこいつだよ!」



 怒りの咆哮と共に、剣士の右腕を拘束していた鎖が千切れた。


 力任せに強引に鎖を断ち切り、その鎖を勝ち誇る夫人の頭部目がけて振り下ろした。


 唸る鉄の鞭は相手の頭部に直撃した。


 だが、“殺生禁止”の事を忘れていなかった剣士は、あえて頭頂部を狙わず、ダメージの少なそうな角の部分を狙った。



 ガティィィンン!



 金属と石のような物がぶつかる衝撃音。


 完全に不意討ちな一撃であったため、夫人の頭を揺さぶるのには十分過ぎた。



「が……」



「そら、もう一発だ!」



 剣士はもう一方の腕を拘束していた鎖すら強引に引っこ抜いた。


 二本の鎖は夫人の首と胴に巻き付き、これまた力任せにぶん回した。



「わわわわわ!」



「少し痛いが、死んでくれるなよ!」



 勢いそのままに壁に叩き付け、夫人の華奢な体がめり込むほどの威力であった。


 だが、そこはただの人間ではなく魔族である。ピクピクと痙攣しているが、死んではいなさそうであった。



「よし! ざまぁないな、淫魔サキュバスめ! 勝ったと思った瞬間にこそ、最大の隙が生じるってこった!」



 剣士は足の枷も外し、ダメージを負って動く事の出来ない夫人に近付いた。


 頭からは青い血・・・を流し、意識が混濁しているのを確認した。


 そして、鎖で器用にグルグル巻きにして、その動きを完全に封じ込めた。



「うっし、これでよし! 美女を縛るのはそれはそれで楽しいが、魔族相手じゃそそられんな」



 などと言いながら、ゲシッっと軽く蹴りを一発入れる剣士であった。


 人の姿をしていれば、婦女子に蹴りを入れるのも躊躇ったかもしれないが、相手は角と尻尾が生えている魔の眷属である。


 まんまと騙してくれたので、容赦もなかった。



「き、貴様ぁ……」



「おっと、【魅了の呪チャーム】はなしだぜ!」



 剣士は夫人のうなじを掴み、そのまま床に叩き付けた。


 視線を介して精神に浸食してくるのは、すでに幾度も経験済みだ。村で、あるいは先程からも、何度も食らっていたわけであるし、視線を合わせなければどうと言うことは無かった。



「ぐ……」



「残念だったな。どうやら、騙し合いは俺の方が上だったようだ」



「どうやって鎖を断ち切るほどの剛力を出したって言うの!? それに、浅めとは言え、【魅了の呪チャーム】にもかかっていたはず! あんな力、出せるわけがない!」



「まあ、俺一人ならそうだろうが、生憎と、仲間が俺を守ってくれたんだよ」



 そう言って、剣士はおもむろに自分の口に指を突っ込んだ。


 すると、喉の奥から革製の水筒が引っ張り出され、それを夫人の横に置いた。



「水筒!?」



「中身は肉体強化の魔法薬ポーションだ。仲間の魔術師が持たせてくれた。身につけていても、どうせ捕まったら・・・・・取り上げられると思ってな。体の中に隠しておいたというわけだ」



「じゃ、じゃあ、初めからこうなる事を!?」



淫魔サキュバスが住み付いているのは、“奇麗すぎる村”の姉妹とのやり取りでなんとなしに察したさ。なら、屋敷の方にそれを統括しているボスがいるのもな。術にかかるかどうかは賭けの要素が強かったが、どうやら神官が持たせてくれが護符アミュレットがきっちり護ってくれたようだ」



 剣士は懐にしまい込んでいた護符アミュレットを、空になった水筒に乗せるように置いた。


 眠らせて、術に陥ったと勘違いしたのが失敗であった。


 ここでさらにもう一撃。軽く頭を持ち上げて、ガツンとまた床に叩き付けた。



「ご夫人、あんたは安全圏から他人をいたぶり、食事に在り付いていたようだが、今回ばかりは自分が食われる側になりそうだな!」



「よ、よしなさい! 私を殺したら、禁令に背く事になるわよ!」



「それがどうした? 別にもう、試練の合否はどうでもよくなった。ただ、目の前の鼻持ちならない売女くそやろうをボコボコにしたくなってんだよ、こっちは! 結果として、死に至ろうとも事故って事にしとくぜ」



 そして、さらにガツンと地面にまた叩き付ける。


 血だらけの貴婦人には、もうそこに美しい顔が残されてはいなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る