第17話 錯綜

 奇麗すぎる村から逃亡した剣士であったが、少しばかり自己嫌悪に陥っていた。



「“勇者”とは、勇猛果敢にして、如何なる難敵にも立ち向かうべき存在」



 そう考えていただけに、安易な“逃亡”を選択したことに滅入っていた。


 しかも、試練とやらを受けに来て、この聖域に足を踏み入れてから三度目だ。


 気落ちするのも当然と言えば当然だ。


 とは言え、あの場で村人を切り捨てるわけにはいかず、撤退も止む無きことであるが、もう少し上手く立ち回れなかったのか、そう思う事はなはだしかった。


 どうにか村を離れ、辺りに気配が無くなってから足を緩めた。側にあった岩に腰かけ、まずはフゥ~と一息付いた。


 そして、先程の光景を思い浮かべた。



(突如として豹変したあの二人。どう考えても無理やりまぐわろうとしてたよな)



 試練を失敗させようとした場合、禁令を破らせるのが一番だ。


 禁止事項の中に“淫行”が含まれている以上、“女と致す”のは厳禁である。


 ゆえに、女が男を襲い、事を致すのは“失敗させる事”を目的とした場合、その行動は正しいと言える。



(まあ、あんな美女ハーレムされようものなら、大抵の男は喜ぶだろうな)



 実際、あの村の住人は全員が美男美女であり、どんな者が訪れようともどこかしらの性癖に刺さるように準備されているようにも感じた。


 優しく迫られ、時に強引に事を進める。訪れた勇者候補を堕とすという、強烈な意志を感じる程だ。


 よしんば失敗したとしても、勇者候補の力を以てすれば、村人を殺めることくらい造作もない。


 実際、剣士も反撃した。


 ただし、かなり手加減して、殺さないように留意しながらである。



(もし、最初から村総出で襲われたら、危うかったかもしれんな)



 そうなった場合は、振り払う際にうっかり殺してしまったかもしれないと考えた。


 勇者としてその立ち振る舞いが試されているように感じながら、“らしくない”振る舞いもまた強いられる。


 なんとも歯痒く感じる剣士であった。



(とにかくもう、あの村には近寄れないな。情報収集するにも、もはやその道が断たれた。だが、最重要の情報だけは入手できた。そう、領主の館こそが、欺瞞の巣窟であると言う事が!)



 その点だけは、村での情報収集における収穫であった。


 村娘の話では、“領主”は女であるということだ。


 聞いた容姿の事からも、剣士が“領主の奥さん”と認識している夫人の方こそ、この地の領主だということだ。



(しかも、不可解な点は、俺が領主として認識している中年貴族が、その存在を否定されているということ。おまけに、“元”勇者の木こりの爺さんまでいない事になっている)



 村人が嘘を付いているのであれば、隠さねばならない理由があるはずだ。


 逆に本当の事を言っていたのなら、領主と老人の存在を知らない事となる。


 どちらにせよ、不可解過ぎる。



「あああああ! こういう頭脳労働は、神官か魔術師の領分だろうが!」



 思わず天に向かって叫び、剣士は頭を掻きむしった。


 武芸や体力には自信がある。また、戦闘での先読みや戦術にも自信がある。


 ようするに、生粋の戦闘要員なのが剣士なのだ。


 頭脳労働、すなわち、文献の読み漁りや交渉、古文書などの解読などは、ほぼほぼ神官や魔術師任せにしてきた。


 なにしろ、この二人に手解きされるまで、まともに読み書きすらできなかったからだ。


 名前が売れてきた冒険者パーティーのリーダーが、まともに読み書きすらできないというのは、いくらなんでも格好が付かないと、かなり強引に教え込まれたものだ。


 ド田舎暮らしであれば、村を出る事すら稀であり、それこそ読み書きすら必要ないので、辺境地の識字率は悲惨なものだ。


 なお、幼馴染みの武闘家も読み書きができない。



「そっちは任せた! ほら、あたしは頭弱いから!」



 などと言って、結局未だにまともに読み書きできない。


 自分の名前を書くので精いっぱいだ。



「この試練がパーティーで挑めるクエストなら、神官か魔術師がいい策を思い浮かべるんだがな~。まあ、いない奴をあてにしても仕方ないか」



 そう考えると、剣士は吹っ切れた。


 どのみち、目指す場所は一つしかない。


 もちろん、領主の館だ。



「とにかく、夫人をとっちめて、色々と吐かせればいいんだよな! 婦女子をいたぶるのは趣味じゃないが、要は殺さなければ・・・・・・いいんだよな」



 剣士としては、まだ試練は継続中であると考えている。


 そうなると、“殺生”もまた厳禁だ。


 殺さないように手加減しながら、館の夫人を痛めつけ、表に出ていない様々な情報を吐かせる。


 その際、領主と認識している中年貴族との対立も視野に入って来るが、もうそこで考えるのを止めた。



「邪魔するならぶっ潰す! ただし、殺さない程度に!」



 これが剣士の結論だ。


 ならば善は急げとばかりに、立ち上がって屋敷の方へと駆けていった。


 腰にはしっかりと愛用の剣を帯びており、どうかこれを使うような事態にならないようにと、祈るばかりであった。

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