第16話 襲撃
(俺の知ってい状況と違い過ぎる!?)
剣士は困惑していた。
村娘二人からもたらされた情報は、あまりにも自分が知る情報との乖離がある。
こういう頭脳労働は得意ではないのだが、とにかくやらねばならない。
臆していては、勇者を目指す者としての名折れだと言い聞かせ、更に話を進めた。
「……なあ、二人とも、御領主と一緒に住まわれている方はなんなのだ?」
「一緒に? いえ、御領主様はお一人で住まわれていますよ」
「たまにお手伝いでお屋敷に行く事もありますが、基本的にはお一人だけです」
やはり妙な回答であった。
剣士が領主として認識している中年貴族について、何も話そうとしない。
あるいは、知らない。
(どういう事だ? 夫人の方が領主で、俺が領主と認識している方はいない。しかし、嘘を付いているような感じもしない)
少なくとも、二人揃って素で喋っているように感じた。
スキンシップによる色仕掛けは相変わらずだが、困惑しているようにも見えた。
「ならさ、木こりの爺さんについて、何か知らないか? 村はずれの雑木林の」
「爺さん? いいえ、村の木こりはお爺さんじゃないですし、雑木林には誰もいませんよ」
「ほら、あの人が村の木こりよ」
そう言って指さしたのは、背中に薪を担いで歩く中年男性であった。
顔立ちも、年齢も、昨日の老人とは一致しない。
だが、木こりだと言う事は大量の薪に加え、手のひらに形成された“斧ダコ”を見れば一目瞭然だ。
(あの老人までいない事になっている!? どうなっているんだ!?)
もちろん、あの老人が幻だとは剣士は考えていない。
首筋には、昨日付けられた切り傷が“かさぶた”として残っているし、手向けられた言葉の数々も頭に刻み付けてある。
幽霊だの幻だのとは思えない。
だが、二人はその存在に気付いていない。
あるいは“嘘”をついている。
(どっちだ!? あるいは、そうする理由は何だ!?)
訳が分からず、どうにもこうにも混乱する剣士。
だが、混乱してはいても、一つだけ確かな事があった。
それは、屋敷にいる“夫人”が鍵になっていると言う事だ。
(そうだ! いっそのこと、直接聞き出せばいい! 俺、領主、夫人の三人で食卓を囲んでいた以上、なんらかの情報を知っている!)
これも試練の一環であるならば、問い詰めれば何かしらの反応があるはず。
そう判断した剣士は立ち上がろうとしたが、そこで襲われた。
両脇の美しい村娘の姉妹にである。
「まあ、面倒な事なんか忘れて楽しみましょう!」
「そうそう! 今を楽しまないとダメですよ!」
そう言って二人は剣士にしがみ付き、あろうことか脱がしにかかった。
服を引っぺがそうとしたり、あるいはズボンを降ろそうとしたり、まるで肉に貪り付く大型獣のようだ。
実際、二人の目は曇っていた。先程までの若干欲望をぎらつかせながらも、澄んだ緑の瞳であったのに、今は真っ赤に染まっていた。
その瞳に意識が吸い込まれそうになったが、剣士は寸前のところで正気に戻った。
恐怖と悦楽よりも、“かさぶた”から生じた使命感と負けん気が打ち勝ったのだ。
(何が勇者だ! こんなこっちゃ、あの老人に笑われる!)
不意討ちを食らってしぼんでいた魂が活性化し、勇気と気力を振り絞って、抱き付く二人を抱えたまま起き上がった。
「わわわ!」
「何!? この力!?」
二人は慌てふためいたが、剣士は危うく殺さないように丁寧に引き剥がし、ポイッと地面に放り投げた。
尻もちを突いた二人は打ち付けたお尻を摩り、驚きながらも立ち上がった剣士の顔を見上げた。
先程の困惑した
あどけなさは消え去り、精悍さだけが残った。
ただ、ずり落されたズボンをはき直しながらであるので、いまいち恰好がつかないが。
「残念だが、俺は“勇者”になる男だぜ。そんな細腕じゃあ抑えつける事はできんぞ」
キッっと睨み付けると、二人は怯えて頭を抱えて蹲った。
圧倒的な力の差を見せ付けられ、怯え切ってしまっていた。
不意を突き、あるいは色香で惑わす。その点では中々に巧みであったが、迷いや恐れを振り払った剣士の敵とはなり得なかった。
(と言っても、可憐な婦女子に手を上げたのは少々心苦しいな。禁令破りになるからと、“性的に”襲われた事への反撃とは言え、少しやり過ぎたか?)
何しろ、かなり本気で二人を威圧したのだ。
その気になれば
だが、そんな心配もすぐ吹き飛んだ。
騒ぎを感じ取った村人が、一人、また一人とやって来たのだ。
しかも全員、目に怪しげな光を灯らせて、剣士を睨んできたのだ。
おまけに、それぞれの手には
村に入った時のようなにこやかな笑みなどどこにもない。
あるのは明確な“敵意”のみだ。
(数は多いが、そこいらの農夫だ。制圧するのは容易い。だが……)
剣士は腰に帯びていた剣に触れたが、さすがに抜くのは
“淫行”だけでなく、“殺生”も禁じられているからだ。
剣を抜き、向かって来る者を切り捨てるのは容易いが、それでは明確な禁令違反である。
もしも、それが神の怒りに触れれば、領主の屋敷にある石になった先達のごとく、哀れな姿で屋敷に飾られる事になる。
(それだけは絶対に御免だな!)
自分の帰りを待っている仲間がいる。頭に浮かぶのはいつもの旅仲間三人だ。
無理に押して、殺しをやる必要はないと剣士は決断した。
クルリを後ろを振り向いて村人に背を晒し、一目散に走って逃げた。
勇者になるべく、勇猛果敢に振る舞うを決めた矢先ではあるが、見事なまでのとんずらである。
剣士ラルフェイン、やむを得ぬ事情があったとは言え、三度目の逃亡であった。
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