第15話 情報の乖離

 田舎村には不釣り合いな名花に挟まれ、剣士は緊張していた。


 木陰に腰かけ、なんとなしに村の光景を眺めているだけであるが、姉妹は腕を絡ませ、肌を擦り付け、布越しに柔らかな感触と温もりを伝えてきた。


 不思議と“悪意”というものは感じさせない。どう見ても“禁令を破らせる!”という意思が村には働いているのは明白であるが、“演じている”という風ではない。


 自然体で誘惑してくる、そういう感じなのだ。



「それで少し聞きたいのだが……」



 剣士は雑念を振り払い、質問を飛ばした。



(だが、気を付けねばならんのは、“試練”は始まっており、その中には嘘つきも混じっているであろう事だ。惑わされることなく真実を掴み、その上で『試練の山』に赴ければいいんだが)



 どうせなら怪物をバッタバッタと倒す系統の試練であればよかったなと思う剣士であった。


 勇者となるからには肉体の強さのみならず、精神面の強さも求めてくるのは分かるが、それが“色香”ばかりというのが解せなかった。



(昨日の老人、“元”勇者とのやり取りの方が、いかにも“修行”って感じがして良かったんだがな~)



 後でまた雑木林の方に顔を出そうと思う剣士であった。



「あのさ、変な質問になるんだが、この村の住人は何で全員、揃いも揃って美形揃いなんだ?」



 根源的な質問であった。


 本来なら試練についての内容を聞くべきなのだが、どうしてもその点が気になって仕方がないのであった。



「きゃ~、勇者様に奇麗だって褒められちゃった!」



「嬉し~♪」



 そして、更に密着して抱き付いてくる姉妹。好意を示してくれるのは嬉しいが、だからと言って“お手付き”するのはアウトである。


 でもやっぱり、伝わって来る柔らかな感触は剣士には刺激が強すぎた。


 一度深呼吸をしてから、剣士はさらに質問に答えて欲しい旨を伝えた。



「ん~、なんでと言われても、そういう風になったとしか……」



「ですね。ほら、ここって樹海のせいで外の世界から隔絶されているようなものですから、来訪者も少ないんですよ」



「だから、外からの旅人は大事に歓待せよって、領主様が言っているんです」



「そうそう。それならばと、頑張ってみんな美形になっちゃったんですよ!」



「頑張って成れるものなのか、それ!?」



 意識して美形になりたいと願えば、美男美女になれる。そんな事が可能であれば、世の中ブサイクなど存在する余地などない。


 だが、少なくともここではそれを成している。


 それはなぜかと、剣士は思考を巡らせた。



(そう言えば、外界と隔絶されたような飛び切り辺鄙な場所では、“血のよどみ”を防ぐために、たまたま訪れた旅人から“御胤おたね”をいただく風習があると聞いた事があるな。ここもその類か)



 なにしろ、そうした辺境地では人の数が少ない分、村人全員が親類縁者と言う事にもなりかねない場合もある。


 それでは“血が澱む”のだ。


 それを防ぐためにも、新しい血を入れる必要がある。


 中には旅人を無理やり逗留させたり、あるいは誘拐同然に連れてくるパターンもある。


 少なくとも、剣士の知識ではそう記憶していた。



(過激な風習だが、ある意味合理的かもしれん、ここでは。なにしろ、あの樹海を踏破しなくてはここに辿り着けない以上、ここに来るのは“勇者候補”ばかり。血肉で言えば間違いなく“優良種”となる。真の勇者は誘惑を振り切った事にはなるが、色香にハマった者とは言え、勇者に準じる実力者でもある。つまり、それと常にまぐわっているここの村人は、血筋で言えばかなり優秀だよな)



 つまり、血筋における能力的には、かなり“濃い”と言うわけだ。


 なにしろ、親が勇者候補になるくらいには優秀であるからだ。



(つまり、この聖域を取り巻く環境と、優秀な血筋が合わさり、この村が形成されたと言うわけか。そうだとすれば、美形ばかりの村になるというのも頷ける。優秀な血筋を意識してかくあるべしとなれば、成ってしまうのかもしれん)



 剣士はそう結論付けた。


 美形を揃えたのではなく、優秀な血筋“だけ”で構成されたため、この村では揃ってしまったというわけだ。



「なるほど、そうなると、屋敷でご夫人が誘惑してきたのもその一環か」



「あ、夜這いでもされちゃいました?」



「も~、御領主様も好きですね~」



 二人はケラケラ笑う二人であったが、剣士はそうではなかった。


 強烈な違和感、あるいは恐怖と言い直した方がいいかもしれない。それほどまでの衝撃が襲い掛かってきた。



「ちょっと待て、二人とも。ここの領主って“女”なのか!?」



「当たり前じゃないですか! お屋敷でお会いしたのでしょう?」



「あの闇夜に愛されたかのごとく艶やかな黒髪と瞳、憧れるわ~」



 話しから察するに、この二人が認識している領主とは、やはり夫人で間違いなさそうであった。


 容姿も一致している。



(なら、俺が領主だと認識している、中年の貴族はなんなのだ!?)



 謎が謎を呼び、全身に寒気が襲い掛かってきた。


 “未知”という、人が持つ根源的な恐怖だ。


 知らない、分からない事に、人は恐怖する。初見の存在にはひとまずは警戒する、という本能に刻まれたシステムとも言えよう。



(……いや、これもまた、試されて・・・・いるな)



 意味不明な状況に陥っても恐れを抱かず、果敢に挑む。


 勇者としては怯むことなく勇気を見せ、難問を潜り抜けねばならない。


 そう判断した剣士は話を続ける事とした。

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