第14話 奇麗すぎる村・再び

 屋敷から逃げるように飛び出した剣士であったが、またしても“逃げ”を選択してしまった自分の事に若干嫌悪感を覚えていた。



(なんか気の利いた事を言って、クールに立ち去れるくらいにはならないとダメだろ、俺!)



 などと考えつつも、(まともな)女性からのお誘いには慣れていないのだから、対応がマズくなるのも致し方ない部分もあった。


 昨日の老人からは、「誘惑を跳ね除けられるほど強靭な精神を持て」と言われたが、とてもそうだとは言えない無様であった。



(勇者に必要なもの、勇気、胆力、そして、誠実さ。これに加えて、武芸も磨かねばならんし、ほんと大変だな)



 勇者、英雄と呼ばれる存在が、いかに破格の存在であるかを今更ながらに感じる剣士であった。


 実際、“元”勇者の老人、その気迫たるや老いを感じさせないほどに卓越しており、あれこそが勇者なのかと実感もできた。


 少なくとも、あの領域に到達しなくては、勇者と名乗るのもおこがましいのだ。



(肩書とは、“背負うもの”か)



 その意味がようやくにして理解できた。


 勇者の二文字を背負うその重さ、今の自分ではまだ不十分だと思いつつも、それでも逃げずに立ち向かわなくてはならない。


 そして、目の前には昨日逃亡した『奇麗すぎる村』があった。


 村人全員が美男美女。禁令を破らせる気満々の、いかにも怪しい村だ。


 だが、避けては通れない。昨日の老人もそうだが、思わぬヒントが転がっている可能性もあるため、やはり調べねばと村に足を踏み入れた。


 もはや様式美と言うか、予想通りと言うか、早速剣士への誘惑が始まった。



「あ~ら、昨日のお兄さん、やっぱり来てくれたのね♪ 嬉しいわ♪」



 案の定、昨日の第一村人の娘がやって来て、腕を絡ませてきた。


 スラッとした体形と、それでいてボリュームのある胸を押し当ててきた。


 癖のない金髪がそよ風に舞い、見つめてくる透き通った緑眼は、まさに深い森を想像させるほどに引き込まれる。



(改めて見てみると、やっぱり美人だよな。こんな田舎村には不釣り合い過ぎる)



 剣士のイメージする田舎娘と言えば、幼馴染みの武闘家のことだ。


 顔立ちはまあ可愛い系統に入るのだろうが、如何せん髪はボサボサで艶がない。特にこれと言った手入れをしているわけはないので、当たり前と言えば当たり前だ。


 肌も焼けているし、農作業に従事していればそうなって当然だ。



(その点でも、目の前の美女はただの村娘でないのは明白。肌が白すぎるんだよな。そう考えると、逆に萎える・・・



 昨日とは違い、冷静に分析できる剣士ではあるが、それは“村側”も織り込み済みのようであり、さらなる一撃を加えてきた。



「あ~、お姉ちゃん、ズルい!」



 そう、“二の矢”を用意していたのだ。


 もう一人、少女と呼んでも差し障りないような女の子がやって来た。


 どうやら姉妹のようで、顔立ちはよく似ている。背丈が少し低く、胸も控えめだが、愛くるしいと言う点では勝っている。



(好みによって、判断が分かれるところだが……)



 どちらにせよ、剣士にとっては“キツイ”のだ。


 禁令により姦淫は禁じられている。


 だというのに、こんな見目麗しい姉妹が無防備に突っ込んできて、それぞれの腕を絡めてくるのだ。


 乱され、“股座またぐら”に邪な感情が芽生えてくるのを自覚しつつも、自制心はギリギリで保てた。



(あんの性悪領主め!)



 本当に失敗させる気満々なのだなと、剣士は思った。


 そうなると、この村の住人全員が“役者”であり、同時に“監視役”である可能性が高い。勇者たるに相応しくない言動があれば、たちまち領主の耳に入ることだろう。


 試練と言うと、何かしらの守護者を倒して称号を得る、というパターンを想定していただけに、“美女からの色香”という斜め上からの精神攻撃ときた。


 だからこそ、“キツイ”のだ。



「え、えっと、少し話を聞かせてくれないか?」



「「はい!」」



 姉妹揃って元気のいい返事だ。


 田舎村には不釣り合いなほどの、二つの名花。両手に華を抱え、これを楽しめたらどれほど夢見心地なのだろうか。


 そう思わないでもない剣士であるが、当然それはご法度だ。



(勇者たるに相応しい精神面の鍛練ってか!? モンスターと戦っているよりも、よっぽどやりにくいぜ!)



 しかし、顔はにやけない程度に真面目な表情を装ってはいる。


 いくら自制心を奮い立たせようとも、鼻の下を伸ばしてしまっては台無しにも程がある。


 英雄に相応しく、凛々しく雄々しい姿で人々の前に立たねばならない。


 例え美女に抱き付かれようが、クールに、クレバーに流さなくては絵にならない。


 そんな事を考えながら、村の中にある程々に大きな木にもたれかかり、そこに腰かけた。


 もちろん、姉妹は“獲物ゆうしゃ”の逃がすまいと、両脇を固めていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る