第7話 奇麗すぎる村

「いやいやいやいやいやいやいや」



 剣士は情報収集のため、山の麓にある村へと足を運んだのだが、そこでとんでもない光景に出くわした。


 それはあまりにも常軌を逸しており、口から漏れ出た言葉の語彙力のなさが、混乱具合を如実に表していた。



「いくらなんでも、あからさま過ぎやしませんかね!?」



 試練に関する情報収集が目的であったが、その目的は容易に達成できそうにない事は“村”の状況を見れば明らかだった。


 村の状況、それはごくごく普通にありそうな田舎の村の光景だ。


 流れる小川のせせらぎ、どこからともなく聞こえる鳥の鳴き声、その音の混じって聞こえる金槌と思われる金属音。


 畑に鍬を入れ、水を撒き、ロバに牽かせた荷車が行く。


 どこか剣士の故郷を思い浮かべる、そんな変哲のない田舎村がそこにあった。


 唯一つ、異様と言うか、違和感と言うか、奇妙な点があった。


 それは村人全員が揃いも揃って、“美男美女”であったからだ。


 年齢層にばらつきはあるが、誰も彼も顔立ちの整った者ばかり。衣服こそ田舎村のそれであるが、それだけに異物感が際立っていた。



(どんな村だよ、おい!? 意図的に集めないと、こんなん絶対不可能だって!)



 右も左も美男美女。選り取り見取りの至れり尽くせり。


 女性だけをとっても、カワイイ系から美人系、小柄、長身、ボインちゃんから絶壁、あるいは妖艶なお姉さんに可憐な少女、どの“性癖”の人間が迷い込んでも刺さりそうな、凄まじい顔触れラインナップだ。


 より度し難いのは、“男”の方も完璧な品揃えをしていることだろう。


 筋骨隆々のガチムチ系から、少女と見紛う程の少年に、あるいは老紳士風のナイスシルバーにいたるまで、こちらの方も充実ぶりを見せ付けていた。



(待て待て待て、“そっち系しゅどう”まで完備ってか!? 何考えてんだよ、この村は!?)



 この状況を考察すると、自然と行きつく答えがある。


 先程、領主に言われた禁令の事だ。


 二番目の禁令において、“淫行”は禁止されている。男×女も、男×男も、当然だがそれに抵触する。



(どう考えても、失敗させる気満々だよな!?)



 目の前にある村からは、“禁令を破らせる!”という強烈な意志を感じた。


 村に入るなり話しかけた村娘など、特に露骨であった。


 そよ風にたなびく癖のない長めの金髪、吸い込まれるほどに透き通った緑宝玉エメラルドの瞳、服の上からでも分かる豊かな乳房、それでいてスラッとした肉付き。


 ドレスでも着せれば、間違いなく貴族のお嬢さんと言っても誰も疑わないであろう、実に見目麗しい女性だ。



「あ~ら、ステキなお兄さん、パ●パフ、していかな~い?」



 笑顔とは本来、攻撃的な意味合いがある。獲物を見定めた肉食獣のそれであるからだ。


 迫ってきた第一村人の女性は、しなやかなネコ科大型獣のごとく、ササッと剣士に近付いて腕を組んできた。


 布越しに伝わるたわわな感触が、剣士の脳を沸騰させると同時に揺さぶった。



(ある種の執念すら感じる。これだけの美男美女を揃えるのに、どれほどの労力や財を割いたのか、あの領主に聞いてみたくもなる。が、今は何よりもぉぉぉ!)



 危ういのだ、剣士の“貞操”が。


 自身のパーティーは男1女3の編成だ。


 しかし、“女”として意識する事は無い。


 腐れ縁の幼馴染みの武闘家、神に身を捧げた身持ちの固い神官、外見は最も幼いがすでに数百年生きているエルフババア、頼れる仲間ではあるが、男女の関係としては微妙過ぎた。


 ゆえに、剣士にとって女に迫られるという点では、免疫がなかった。



(まあ、あいつはそうでもないが、何と言うか、こう、包容力ってのがな~)



 腕に感じる程良い温もりと感触、幼馴染みの武闘家にはないものだ。


 それ以前に怪力過ぎて、抱き付いて来て“あばら”をへし折られた事など、一度や二度では済まない。


 その都度、激痛に耐えては神官の癒しの奇跡で治してもらってきた。


 なお、今現在も“耐える”と言う点では同じなのだが、“耐える”事の方向性は逆方向だ。


 話しかけ、迫って来る村娘は確かに美人であるし、こうも愛想よく、それでいて“露骨”に誘ってくるのであるから、ついつい手を出す輩がいてもおかしくない。



(だが、耐えねばならん! こんな露骨な罠にはまってたまるか!)



 剣士は必死で自分に言い聞かせた。


 なにより、手を出した後が怖いのだ。


 ここでもし、村娘に手を出して、試練に失敗したとなれば、帰りを待っている仲間達にどう報告するべきなのだろうか?



「すまん。試練に失敗したわ」



「ほう……。んで、内容は?」



「ぶ、部外秘です。内容は口外できない」



 こういうやり取りが予想されるが、武闘家はともかく、察しの良い神官と魔術師はなんとなく察するであろう事は想像するに難くない。


 ほぼ間違いなく恥ずかしい内容で失敗したと、察することだろう。


 あとでどれだけなじられるか、考えただけでも寒気が全身を襲ってきた。


 そう考えると、忍耐力が自然と湧いてくるというものだ。


 もちろん、村に踏み込んで探せば、あるいは自身の“性癖”にドンピシャ刺さる者がいるかもしれない。


 そして、禁令に完全に抵触する行為を“致してしまう”かもしれない。


 その危険性を考えると、村には迂闊に踏み込めなくなった。



(よし、やめ! 情報収集は他に当たろう!)



 ちょっぴり未練を残しつつ、たぎり始めていた股間の相棒を抑え込み、村娘の抱擁を振り解いた。


 そして、村を背にして剣士は村を去っていった。


 残念ながら、“童貞君”には少々刺激が強すぎて、尻尾を巻いて逃げざるを得なかった。


 十七歳の少年、(色んな意味で)無念の撤退である。


 なお、その光景を物陰からこっそり眺めていた“それ”は残念がりつつも、込み上げてくる愉悦の感情を抑えきれずにニヤついていた。



「やれやれ。勇者たるもの、如何なる難敵にも立ち向かう“勇気”を示さねばならんと言うのに、第一歩から逃亡を選択か。情報収集を優先するのではなかったのか? 修行が足りんぞ、少年」



 ぼそりと呟いた後、“それ”は煙のように消えてしまった。

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