第6話 余暇の過ごし方
「それで『試練の山』の事なんだけど……」
助言とも脅しとも取れる領主の言葉の数々に、剣士としてはさっさと本題に入ってくれと促した。
だが、そんな焦りを見透かされているのか、領主はニヤリと笑うだけであった。
「あ~、時間もあることだし、晩餐の時にでもお話しましょう」
「こっちは早く試練とやらを受けたいんだけど?」
「今は無理ですな。ほら、山の方を見てください」
そう促され、剣士は『試練の山』の方を見つめた。
遠目に眺めていても雷雲が漂っているのは分かっていたが、こうして山の麓から眺めると、さらにそれをが濃く見えた。
黒く不気味な雲が、時折発する稲光に輝き、同時に雷鳴を響かせる。
遠くからの音なので恐怖は感じないが、天候が荒れているのは一目瞭然であった。
「あの山は常時雷雲が立ち込めていましてな。迂闊に近寄ると、雷に撃たれてしまうのだ」
「それじゃ登れないじゃないか」
「ええ、その通り。だが、週に一度、安息日前夜から明け方にかけては、毎週雲が薄くなり、登れるようになるのです」
「なるほど。その時に登ればいいのか」
時間がある、という理由にはそれで納得した。試練を受けようとすると、次の安息日前夜を待たなければならず、その時までは時間があるということだ。
「となると、次の安息日前夜まで待機ってことか」
「はい。四日後が安息日ですので、三日後の夜に山へ向かわれるのが良いでしょう。それまではこの屋敷にご逗留ください」
「それは助かる。下手すると、一週間待機、なんてこともあるしな」
「ええ。週一でしか試練を受けられないので、その際の宿や食事を提供するのも、管理者としての仕事。挑戦者には万全の体勢で試練に臨めるよう、色々と便宜を図っています。ですから、気兼ねなく屋敷を使ってください」
「そっか。んじゃ、宿として使わせてもらう」
期間が空いているということで、街に戻って時間を潰すかとも考えたが、また樹海を越えるのも面倒だと思い至り、この地で過ごす事とした。
なにより情報収集を優先すべきだと考えたからだ。
「領主さんよ、ここいらはあんたの領地だと思うけど、散策しても構わないかい?」
「ええ、構いませんよ。山と、周辺の森林が当家の領域ですので、その内側でなら好きになさって構いません。なんでしたら、山村で村の娘を口説いて、英気を養われても構いませんよ?」
「おいおい。それだと、禁忌に触れるじゃないか」
「フフッ、まあ引っかかりませんわな、そんなあからさまな誘いでは」
この台詞で、剣士はピンときた。すでに“始まっている”と言う事に気付いた。
(なるほど。樹海の踏破もそうだが、領内の滞在期間も一種の“ふるい”ってわけか。試練を受けさせていいかどうか、それを管理者として見極めているということか。そうなると、女の子とイチャコラするのは厳禁だし、嘘を付いたり、殺生もダメだな)
意外と面倒だなと思ったが、試練を受けるためにはやむを得ないし、禁則事項には気を付けようと剣士は考えた。
なにしろ始まっているのであれば、管理者である目の前の中年貴族が“嫌がらせ”をしてくる可能性が大であるし、それでしくじって試練はなしとなると、待ってくれている仲間に赤っ恥の報告をする事になるからだ。
あるいは、やりすぎ案件にはもれなく、“石化”という天罰が付いてくることもあるのだ。
周囲に埋められたかつての挑戦者のレリーフ。これの仲間入りは御免であった。
「ああ、それともう一つ注意が。領域内を散策なさるのは構いませんが、“何か”を手に入れた際には、必ず私に申告してください」
「……ああ、そっか、三つ目の禁令に引っかかるからか」
「左様です。試練の内容は外部秘となっておりますので、情報、物品共に持ち出すのに制限をかけているのです。外に出しても問題ないものかどうか、それを判別しなくてはなりませんので、不自由とは思いますが、その辺りはご理解いただきたい」
「まあ、管理者としては当然の措置だわな。試練の内容がダダ洩れじゃあ、それに対応する備えを以て試練に当たる輩も出てくるだろうし」
「はい。神は
その時だ。温和な態度で応じていた領主であったが、いきなり不気味な笑みを浮かべてきた。
数多の強力なモンスターを屠って来たラルではあるが、それでもゾワリと全身を駆け巡る寒気は抑えようもなかった。
(やはり何かしら仕掛けて来るかな。“嫌がらせ”程度であればいいが、襲撃は勘弁してほしいぜ。なにしろ、こっちは殺生が封じられている。迂闊に剣が使えない)
思わず腰の剣に手が伸びていたが、これを抜く事は厳禁だ。
人間相手ならばどんな相手でも倒せるし、竜や巨人のようなモンスターであろうとも、仲間の補助があれば後れを取ることは無い。
だが、今は一人な上に、殺生禁止という縛りまで付けられている。
本試験が始まるまでは、上手くやり過ごす事が重要なようだと判断した。
(もちろん、情報収集もしなくちゃ話にならない。厄介事を回避しつつ、情報だけはきっちり集める。頭脳労働は神官か魔術師か領分なんだがな~)
自分と武闘家が前に出て、神官と魔術師が援護する。これがいつもの戦い方だ。
なお、頭脳労働では、前後が入れ替わる。交渉も、謎解きも、剣士は苦手なのだ。
「さて、このままお話を続けていきたいのですが、あいにく今日は出掛ける用事がございまして、お相手はまた後ほどにいたします」
そう言うと、領主は用意していた馬に跨った。
この貴族は良く鍛え上げられているのか体躯がよく、跨る馬もまたよく手入れされている
(間違いなく、この人も相当な手練れだな。軍人貴族って感じでもなさそうだし、試練の山の管理とやらは、それほど心身ともに過酷なのだろうか)
管理者となるとそれ相応の実力が必要なのか。あるいはこの人自身が試験官でも兼ねているのか、そんなとこだろうと剣士は判断した。
「では、自由にさせていただきます」
「お好きなように。夕刻くらいには戻りますので、ご夕食はご一緒いたしましょう」
「タダ宿は少し気が引けるので、シカかイノシシでもと思ったが、禁令に違反しているよな?」
「ですな。生け捕りなら構いませんが、殺すことはご法度ですぞ。では!」
そう言って、領主は馬に鞭を入れ、颯爽と走り去って行った。
それを見送った後、ようやく得た解放感に、思わず背伸びをする剣士であった。
「さて、余暇を過ごせと言われても、どうしたもんかな~」
一人きりで自由な時間。幼馴染の武闘家と村を出てから3年になるが、久方ぶりの孤独な余暇だ。
何しろ、便所と風呂以外は何をするにも仲間が付いて回るので、一人きりの時間と言うのは貴重であった。
だが、余暇と言えどもやるべき事はある。
まずは情報収集だと考え、領主の言っていた村へと向かうのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます