第5話 3つの禁令
「さて、未来の勇者殿は試練についてのお話が聞きたいでしょうが、その前に話しておかなければならない事があります」
試練の管理者たる館の主人は、剣士に向けて語り始めた。
さて、どんな話が飛び出すのかと、剣士もまた身構えた。
「ご覧の通り、その雷鳴轟く山が試練を受ける場所となります」
「あそこがそうなのか」
剣士としては、やはりとしか思わなかった。
目立つし、山を覆う雰囲気や漂う魔力、主人からの言葉を得て、その予想は確定事項となった。
「それと、試練を受ける前に、注意事項があります。まあ、決して破ってはならない禁令がありまして、その『3つの禁令』を破った場合は、神よりの天罰が下るとでも考えてください」
「天罰ね~」
特に信心深いと言うわけではない剣士ではあるが、やはり神と言う存在については意識せざるを得ない。
特に、旅仲間に神官を連れているわけだし、朝夕のお祈りは耳に残るほどに聞いてきた。
「それで、その禁令とやらの内容は?」
「まず1つ目は、“試練には必ず一人で立ち向かわなくてはならない”というものです」
「それなら、もう突破してるな」
何しろ、この領域の入口であろう樹海は、侵入者が迷うような結界が張られていた。
だが、単独での侵入だとそれは発動せず、こうして樹海を抜けて山の麓まで到達できた。
そういう意味では、最初の禁令は大丈夫そうであった。
「まあ、君の場合は大丈夫だね。わざわざ四人でやって来たと言うのに引き返して、今度はちゃんと一人で森に踏み込んだしな」
主人のこの言葉を聞き、剣士は警戒感を強めた。
少し前にパーティー四人でここに来ようとした事を知っていたためだ。
(なるほど。管理者ってのは嘘でも誇張でもないってわけか。こちらの動きは筒抜けって事だよな)
結界を張っていたわけであるし、何人がそこに踏み込んだか識別くらいわけないというわけだ。
(とは言え、その四人組の中に俺がいて、今ここにいる俺だと見抜いている点は凄いとしか言いようがないな)
礼儀正しく物腰も低そうな中年貴族だが、その実力は底知れない。
要警戒に相手であると認識した。
「次の禁令だが、“『試練の山』は聖域であり、聖域の周辺領域では、殺生、淫行、虚言を禁ずる”だ。絶対に破ってはならんぞ」
「ふ~ん。まあ、要するに、勇者たるもの、英雄に相応しい行動を心掛けよ、ってところか?」
「まあ、そんなところだ」
もっともらしい理由だが、剣士としては一つ気掛かりな点があった。
“殺生”が禁じられている点だ。
(これだと相手を殺傷する事はできない。つまり、戦闘系の試練ではないということか? いやまあ、襲われてもひたすら回避し続けろと言われるかもしれんが)
早速自分が最も得意とする“剣技”が実質封印されてしまって、少しばかり不機嫌になった。
どんな難敵でも倒してみせるつもりで意気込んで来れば、その剣を振るうなと言うお達しだ。
少しばかり気分が萎えてしまった。
「で、最後の禁令だが。“試練で見聞きした出来事は、決して口外してはならなし、文字に書き起こす事も禁ずる”だ」
「なるほど。それで試練に関する情報が極端に少なかったわけか」
図書館でいくら調べても、試練を成功させた英雄の伝承はあっても、試練の内容に関する情報が少なかった理由が判明した。
この禁令があるのならば、情報が極端に少ない理由の説明になる。
もちろん、その禁令を聖域の外でも律義に守っていればと言う話であるが、少なくともここの試練を潜り抜けた英雄は守っているようであった。
なにしろ、本当に試練に関する情報がないからだ。
「でも、領主さんよ、“一人でここに挑む”って情報が洩れてるけど、あれはいいのかい?」
「ああ、構わんよ。直接的な試練の内容でもないし、そもそも何人で挑むかを判断するのは聖域の領域外での出来事だからな。まあ、たまに“ズル”する奴もいるが」
「例えば?」
「一つ目の禁令。気付いていると思うが、森を踏破するには、単独で踏み込まなくてはならない。ならば、少し時間を置いて、一人ずつ森に入れば、時間差でパーティー全員が森を踏破できる」
「“とんち”かよ!」
思わぬ突破方法に、剣士を思わず叫んでしまった。
だが、それだと複数人で入ると発動する結界は発動しない。
考える奴は考えるのだなと、剣士は感心した。
「でも、領主さんの性格だと、そんな奴には試練を受けさせなかったんじゃないか?」
「無論な。ところが、私の警告も聞かず、ズカズカとパーティー全員で試練の山に登っていきおった」
「ありゃりゃ。んで、結果は?」
「答えは君の足下にある」
主人は地面を指さし、そちらを見てみるように促した。
剣士は指さす足下を眺めてみると、そこは石畳だ。正面の門から庭を貫いて屋敷に通じる石の道だ。
少し妙な凸凹があるので不思議に思っていたのだが、よくよく凝視してみると、道を作る石材のいくつかには、まるで人の顔に見えるものがあった。
そして、すぐにピンと来た。
「まさか、さっき言ってた天罰って!?」
「
領主は平然と、それでいて淡々と語るが、その目は怪しげな光を帯びていた。
幾度となく死線を潜り抜けてきた剣士も、思わずたじろぐほどの眼光だ。
そして、よくよく見ると、“人の顔”がそこかしこに見受けられた。
石畳の石材に、庭木の幹に、あるいは、そのまま固まったかのような石像に、かつては人間でしたと思わせる何かを感じ取った。
「こいつらは勘違いしていたのだよ。勇者、英雄になるということは、栄達の近道ではない。栄達の道を進み切ったその先に、勇者の肩書を得ると言う事をな」
領主はゆったりとした足取りで、剣士に近付き、すぐ目の前に立った。
領主の方が剣士よりも背が高かったので、少し腰を曲げて目線を合わせた。
「いいかね? 肩書と言うものは、誰かに任じられるものではない。肩書とは、すなわち“両の肩に背負うもの”なのだ。そして、剣士ラルフェインよ、君は“勇者”という唯一無二の肩書を、その背に乗せる覚悟はあるのかね?」
どっしりと重みのある問いかけに、剣士の魂は鷲掴みにされたような息苦しさに襲われた。
石になったかつての挑戦者の事といい、あまりに不気味な雰囲気の圧され、思わず目を背けかけたが、そこは必死で堪え、逆に
息を吹きければ届きそうな距離、視線と視線が交差し、周囲の空気も流れを止めたかのごとく重い。
永遠に続くのかと思えるほどの長く感じる時間であったが、領主はニヤリと笑った後、曲げていた腰を伸ばした。
「ふむ。まあ、及第点としておこうか、“今のところ”はな」
そう言うと、領主は剣士の肩をポンポンと叩いた。
親愛の証のつもりなのだろうが、素直にそれを受け止められない。
剣士の警戒度は天井知らずに上がる一方だ。
「及第点ですか。それは嬉しい限りですね」
「樹海に一人で踏み入り、それを踏破した。そして、この屋敷に潜む禍々しさを目の当たりにしながら、臆することなく前を見据えて突き進む事を選んだ。結構な事ではないか」
領主はさらに追加で剣士の肩を叩き、餡俗そうな笑みを浮かべた。
「勇者とは、“勇敢なる者”であろう? 英雄として人々の前に立ち、如何なる難敵にも立ち向かう“勇気”を示さねばならん。違うかね?」
「違いない。ゆえに、俺は逃げない! なにより、帰りを待っている仲間達の期待を裏切るつもりは毛頭ないからな!」
「よろしい! 今後も励んでくれ、未来の勇者殿」
まずは試練の管理者の眼鏡には適ったようだと、剣士は安堵した。
だが、試練とやらはまだ始まってすらいない。ようやく出発点に立った程度でしかないのだ。
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