第4話 館の主人

 兵士に先導される形で入った館の庭は、まさに一級品であった。


 よく手入れされた庭木が整然と並び、あるいは花壇には色とりどりの花が咲き乱れ、それに誘われた蝶が舞っていた。


 時折さえずる小鳥の鳴き声が歌のごとく耳に入り、噴水は宝石を撒き散らすかのように陽光に照らされていた。



(お貴族様の趣味なんだろうが、こういうのはどうにも分からん)



 奇麗だとは思うのだが、少年にはこの手の造形にはとんと知識もこだわりもない。


 そもそも、出身からして田舎村の鍛冶屋の息子なのだ。ススと汗にまみれた生活で、鋼を叩いては武器や防具を鍛え上げる。そういう家庭環境で育った。


 貴族趣味とは縁遠い生活をしており、馴染みが無い。


 冒険者ギルドの仲介、あるいは旅仲間の神官の伝手で、富豪や貴族の依頼を受けることもあり、こうした庭を見る機会もなくはなかったが、はっきり言えばどうでもいい事だった。


 剣士にとって重要なのは、依頼主の懐事情であって、それ以上も以下もない。報酬と名声のみ、彼の心を突き動かした。



(その栄誉の最高峰たる“勇者”の称号、手に入れてやるぜ!)



 誰しもが憧れ、目指す英雄の中の英雄、それが勇者というものだ。


 数多の凶悪なモンスターを打ち倒し、その親玉と言うべき魔王などと言った巨悪を討伐する最強の存在。世界を救う英雄に、剣士もまた憧れていた。


 ただ、他の人々と違うのは、ただ憧れるのではなく、自分がそれになると意気込んでいるところであろう。遥かな高みに存在する偉人、それを目指すなど、常人の発想ではない。


 ゆえに、少年もまた常人ではなかった。


 十四歳の時に幼馴染みの武闘家と共に故郷を飛び出し、冒険に継ぐ冒険を繰り返してきた。


 仲間を増やし、数々のクエストをこなし、実力を上げてきた。


 今や剣士のパーティーは方々に名が知られるほどに名声が高まっており、若手の中では間違いなく最優秀と言えた。



 その名声を確固たるものにするために、この『勇者の試練』に挑戦する事に決めたのだ。


 これについて調べたところ、『勇者の試練』はそれを乗り越えた者は歴史上、数えるほどしかない。試練に打ち勝てずに落命する者、あるいはしくじって這う這うの体で逃げ帰る者、大半がそれなのだ。


 しかし、ごくごく一部の達成者がおり、その者は例外なく勇者、英雄と呼ばれる存在になっていた。



(見てろよ~。俺もその仲間入りをしてやるからな!)



 やる気は十分。


 だが、何よりも欠けているものがあった。それは“情報”だ。


 いかなる試練なのか、文献はそれを語らない。どこにも情報がないのだ。


 ただあるのは『勇者の試練』なるものが存在する事と、乗り越えた者は例外なく勇者、英雄と呼ばれる存在になった事、それだけだ。



(あるいは、そうした秘匿状態からの応用力や判断力が試されるのかもしれんな)



 どんな試練なのか分からないため、事前に準備することもできない。


 だが、どんな難題であろうとも突破してみせるつもりでいた。



(半端者は入口の森で引き返すだろうしな)



 あんな不気味な森を一人で踏破するなど、余程の命知らずか、あるいは自分のように勇気と覚悟を胸に刻み込んだ者しかいない。


 勇気と覚悟こそ、挑戦と言う扉を開ける鍵なのだ。


 さあ、どんな試練でも来るが良いと考えていると、邸宅横の厩舎前で馬の手入れをしている男が視界に飛び込んできた。


 齢としては四十代半ばといった感じで、顔立ちの整ったいかにも中年の貴族といったところであった。


 また、かなりの長身であり、体躯に自信のある剣士の、さらに一回り上をいく巨躯であった。


 立ち振る舞いから、相手の力量はなんとなしに分かる剣士であるが、目の前の男は貴人のたたずまいと言うより、戦士の風格と言った方が正しいかもしれない。



(こいつ……、相当な猛者だな)



 服越しであろうと分かる鍛え上げられた肉体、剣士はそれを感じ取った。



「あちらが当家の主人にございます」



 案内の衛兵がそう告げ、剣士はなけなしの礼節を頭の中から引っ張り出し、気を引き締めた。


 近付いてくる存在に気付いたのか、貴族の男は馬の手入れを止め、振り返った。



「旦那様、試練を受けたいという方がお越しになられました」



「おお、それはそれは! ようこそいらっしゃいました、未来の勇者殿!」



 気の早い話ではあるが、勇者と呼ばれるのには若干気恥ずかしさもあるが、剣士は心躍らせつつも領主にお辞儀をした。



「初めまして、高貴なる人。自分はラルフェインと言います。呼びにくければ、ラルとでも呼んでください」



「おお、そうか。では、ラル殿、ようこそ我が家へ。私はここよりうかがえる『試練の山』の管理を任されているロット家の当主で、名をザムエールと言う。呼びにくければ、ザムと呼んでくれて構わんよ」



 随分と気安い貴族だな、というのが剣士の、領主への第一印象であった。


 とかく、貴族というのはお高くとまって鼻持ちならない者が多く、仕事の依頼以外ではお近付きにもなりたくないと、ラルフェインは思っていた。


 しかし、目の前の中年貴族からはそうした感じが匂って来ない。演技と言うわけでもなさそうで、本当に歓迎している雰囲気があった。



(さて、どんな話が飛び出してくるのやら)



 試練の管理を任されていると述べた以上、それについて何かしらの情報が聞けるだろう。


 そう考えた剣士は、より領主の言葉に意識を集中させた。

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