第二話 捜査本部設置

1

内海は保釈前日の夜に夢を見ていた。

快眠と呼べる睡眠だったのか彼は夢の中で

遠い過去を回想していた。ーー

それは刑事になって3年目の冬、警察学校

以来の同期である高﨑純太郎とコンビを組んで

東京都内の銀行で発生した強盗事件の捜査を

している最中だった。

新人時代の内海は兎に角,結果を出す事に

躍起になっており、縦社会の警察内で

足掻き続けていた。

「えらくサツ(警察)が盛況してる銀行だな。」

そう内海と高﨑に声を掛けるのはベテラン刑事

の雲出川(くもすが)だった。警視庁内ではその名

を知らない捜査員がいるほどの有名人であり、

飄々とした風貌からは想像もつかない洞察力で

数々の難事件を解決してきた敏腕刑事だった。

「知ってるか?銀行強盗犯を手っ取り早く捕まえ

る方法を。」

「えっ、それって現場に付着した指紋やマル被(被疑者)の

足跡を辿るんじゃないんですか?」

「そうじゃないだろ、高﨑。現場から逃走した

マル被を見てないか近所の人間に目撃証言を

取る事だろ。」

そう答えを出したふたりに雲出川は「『ちっ、ちっ、ちっ。』」と

舌打ちしながら人差し指を横に振った。

「ううん、違う違う。そんな教科書通りの答え

じゃねぇ、正解はな…」ーー

そこで夢から覚めた内海は自身が収監されてる

刑務施設に特別に配られている水をコップに

注ぎ、一気に飲み干した。こういう質素な生活

もだいぶ慣れたなと内海は物思いにふけていた。

「…さて、君の息子はどのくらいの腕前の刑事に

育つかな、高﨑…。」

そして時は2024年2月25日,ふたりが逢う瞬間

が訪れたのだった。ーー

2

内海とコンビを組み始め早2時間、高﨑は未だ

に自分を相棒に選んだ内海の真意を推し量れずに

いた。彼の目の奥はまるで広大な宇宙を見渡して

いるかのような凄まじい慧眼(けいがん)の持ち主

で自分の内面さえも見抜いているかのような侮れ

ない人物だった。そんな高﨑の様子を心配したのか

上司の久保塚と年上の部下である野間は詰め寄って

聞いた。

「おいおい,大丈夫か?高﨑。お前の相棒は?」

「そうですよ、高﨑君。」

「何がですか?係長、野間さん。」

 久保塚と野間は内海を遠くから一瞥して聞いた。

「いや、いくら名刑事だった人でも20年もムショに

入っててかなりのブランクがあるから・・・」

「そうそう、僕らからしたら高﨑君のキャリアに傷

が付くだけだと思うんですが・・・」

 そういう二人に高﨑はきっぱりと答えた。

「僕はそれはないと思います。寧ろ、自分のキャリアアップ

に繋がると思ってます。」

 先ほどまでの悩みはどこへやら、それだけ言うと

高﨑は内海の方に足を向けて行った。

 恐らく久保塚と野間の二人に憐みの言葉を言われたのが

彼の心を強く後押ししたのだろう。--

3

 捜査一課の部屋を出ると高﨑と内海の二人は警視庁の

休憩スペースにある自動販売機へ行った。内海は高﨑から

渡された小銭でブラックコーヒーを買った。

「そういえば気付いたが、ここ20年で自動販売機の飲み物の

値段は地味に値上げしたな。」

 久々に刑務施設から出た内海にとって外の世界は色々と

進みすぎていて、さながら浦島太郎状態だったろう。そんな

内海に高﨑は慰めるように言った。

「まぁ、悪い事ばかりじゃないですよ、捜査手法もかなり

進化してますし・・・」

「君、私をデジタル社会に遅れた鳩時計と思ってるのかい?」

「いえ、そんな事は・・・」

 そういう高﨑に内海は茶目っ気たっぷりに笑った。

「ハハハ、冗談だよ冗談。」

 そう言って内海はコーヒーを飲み干し、ゴミ捨て場に捨てると

「『さっ、行こう。君ん家に。』」といい休憩スペースを高﨑と

離れた。--

4

 高﨑は内海と共に自分の家に向かって歩いてると気になっていた事を

聞いた。

「そういえば、何故,内海元刑事は自分をパートナーに選んだんですか?」

「何故君をパートナーに選んだのか、それは君の父親との約束だよ。」

「約束?」

 そう言うと内海は高崎の父との新人刑事時代に思いを馳せていた。ーー

5

 過去。--

 先輩刑事である雲出川の言葉に感銘を受けていた。

「『銀行強盗犯の気持ちになって考えてみろ。』かぁ、意外にもシンプルな

答えだったな、内海。」

「あぁ、確かにアメリカのFBIにはそういうプロファイリング技術であるらしい、

意外にも雲出川さんの言ってる事には一理どころか百理はあるなと思った。」

 そういう内海に高﨑は呆れるように苦笑いで言った。

「ハハ、流石はインテリな刑事だな、内海は。」

「そうかな?高﨑。」

「あぁ、いずれ警視庁を代表する刑事になると思うぜ、俺は。」

 屈託なく言う高﨑に内海は思わず頬を緩ませ笑った。ーー

6

 そして20年の月日が経ち、内海と高崎はそれぞれの部署で

成果を出していた。内海は警視庁捜査一課の名刑事として数々の

難事件を解決し、高崎は警部補にまで出世し、警察学校の教官を

していた。彼の指導は熱があり、生徒の士気を上げ何人もの生徒を

主席に卒業させた実績を出していた。

 そんなある日、内海は高﨑と共に卒業した府中の警察学校で見学の

形で高﨑教場を教室の外から見守っていた。その視線に気づきつつも

高﨑は授業を続けた。--

7

 授業を一通り終え、帰宅の準備をしてると内海は高﨑に声を掛けられた。

「久々に飲みに行くか?高﨑。」

「あぁ、いいぞ。お前の奢りなら。」

 冗談交じりに高﨑は内海にそう言った。ーー

 居酒屋に場所を移すと内海と高﨑は熱燗を一杯、飲み干した。

「ところで、内海よぁ。」

 そう言うと高﨑は鞄から赤ん坊のエコー写真を内海に見せた。

「妻との子だ。もうすぐ生まれるんだ、男の子だ。」

「名前は?もう決めてるのか?」

「圭太郎、だな。」

「君が純太郎だから息子の名前は圭太郎かぁ、いいなそれ。

「だろ?息子にはさぁ、好きな仕事に就いてほしいんだよなぁ。」

 高﨑はすごく活き活きした顔で答えた。ーー

8

 その衝撃の報らせが届いたのは突然だった。ーー

 高﨑が帰宅途中に遭遇した通り魔事件で腹部を数か所刺され、生死を

彷徨っていた。内海が急いで病院へ行くと高﨑は既に虫の息だった。

「しっかりしろ、高﨑!もうすぐ君の子供が生まれるんだろ、だから・・・」

「う・・・つ・・・み・・・」

「ん?何だ、何を言いたいんだ?」

「息子・・・を・・・頼む。--」

 それを言うと高﨑は事切れた、まだ生まれぬ彼の子供を内海に託して。--

 それを思い出し終えると内海はこう答えた。

「・・・私の気まぐれだよ。」

「何ですか、その適当な答え・・・」

 それはまた次の時にちゃんと答えようと思った。ーー

9

 とある男が刑務所から保釈されようとした。笹川紘一(ささかわこういち)と名乗る

40代の男だった。笹川は4件以上の強姦殺人事件を起こし、いずれも証拠不十分

で不起訴となり、自宅に一時帰宅の形で保釈となったのだ。監視の目から逃れた笹川は背後からの気配を感じ後ろを振り返ると誰もなく、もう一度振り向きなおすと謎の

人物から日本刀で右肩からの袈裟斬りをした。笹川は絶命した。--

10

 翌日の2月26日早朝、笹川の遺体が発見された。保釈中の殺人犯がこれで11件

目となり、刑事部捜査一課は捜査本部を設置させた。そこには緊張した面持ちの高﨑

とどこか余裕の表情を浮かべている内海の姿があった。

「この事件は君にとって、甘さを捨てる通過儀礼になると思うよ。」

「はい、必ずこの事件を解決してみせます。」

 高﨑は決意を固めるかのようにそう答えた。--

第二話 完

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