第一話 共同捜査開始

 20年前、2004年2月下旬。--

 男は血の付いた包丁を握りしめていた。

その傍らには被害者とみられる男性の遺体が

置かれていた。

 男の顔には一切の感情や覇気が

感じられなかった。

 匿名の110通報があったからなのか

やがてパトカーが到着し、制服警官二名が男の顔

を見ると驚愕した。

何と男は警視庁捜査一課の刑事だったのだ。

 そして男はゆっくりと口火を切り、両手を差し出し言った。

「私が、この部屋の奥にいる男を殺した。」ーー

 そして、現在,2024年2月上旬。ーー

 二月は冬の中でも寒さが更に増す時期だ。

法務省が管轄とする刑務施設に収監されてる

元刑事の殺人者と面会する為に赴いた

警視庁捜査一課の新人刑事である高﨑圭太郎

(たかさきけいたろう)は何故、自分にこの任務が

下ったのか,未だに疑問に感じていた。配属され早半年、様々な殺人事件の捜査それなりの成果は出してるものの上司には『お前は確かに優秀だが、犯人に対して詰めが甘い部分がある。』と評された。要はお人好しで刑事として必要不可欠な資質である『冷血さ』が足りないのだ。

 『冷血さ』というとネガティブな言葉にも聞こえるが、犯人を捕まえ事件を解決する為には必要な精神状態だ。

 そうこう考えてるうちに高﨑は男とアクリル板越しに面会することとなった。

「初めまして、私は警視庁から来ましたー」

「高﨑圭太郎警部補、だな?」

 男は高﨑が皆まで自己紹介を終える前に名前を言い当てた。

「なぜ、私の名前を?」

「簡単なことだ、私がココに入る前に君が警視庁へ入庁する前に君の父上であられる高﨑純太郎(たかさきじゅんたろう)の個人及び家族関係の

情報を記憶していたからだ。」

 何と男はこの刑務施設に収監される前の警視庁職員の個人とその関係者の情報を頭にインプットしていたのだ。

「改めて私から自己紹介をしよう。内海零司だ、よろしく。」

 内海という男の眼はまるで高﨑の全てを見透かしているかのような、

そんな薄気味悪ささえ感じられた。--

あまりの威圧感のある初対面で

高﨑は内海に面を喰らうものの,臆せず

話を次に進めた。

「内海元刑事,貴方に相談したい事件

〈ヤマ〉がありまして…。」

「君は相手を「くん」「さん」と付けずに

役職で呼ぶのか,面白い、話を続けてくれ。」

そう言われ高﨑は続けた。

「保釈中に何者かに殺された10人の殺人犯

が被害者となった連続殺人事件の捜査を

共助していただきたい。」

「では聞こう,その事件の概要を…。」

「はい。」ーー

 10人の保釈中の殺人犯はいずれも20年以上前に内海自身が手掛けた殺人事件の被疑者で縁の深い者達だった。

「私はここまで貴方が関わった殺人事件の被疑者が立て続けに殺されるのはあまりにも・・・」

「有り得ない、かな?」

「・・・はい。」

 少しだけ息を大きく吸って吐いた内海は高﨑の疑問に答えた。

「君の推測は五分五分で合ってる、だが、やはり詰めが甘いと言うべきかな・・・」

 内海はそう言うと高﨑が持ってきたノート

とボールペンを『少し借りるよ。』と言ってから書き終えるとそれを高﨑に見せて言った。

「殺された10人は全員、24年前のある殺人事件にそれぞれ関わっている。」ーー

今から内海元刑事と会う2時間前の事だった。ーー

『私に本件の極秘捜査を単独で

担当するんですか?』

私のその問いに雪城(ゆきしろ)一課長は続けて

言った。

『勿論、相棒も付ける。だが、その相棒は

とある事件を犯して法務省が管轄する

刑務施設に収監中なんだ。彼は高﨑,

君となら本件の捜査に協力をしても良いと

言ってる。』

腑に落ちない部分はありつつも続けて

私は聞いた。

『それで、その相棒とは?』

『彼だ、内海零司,20年前までは本庁の

捜査一課に在籍していた敏腕刑事だ。

詳しい話は彼から聞くといい。』

私を相棒にしたその内海という男の真意を

私は未だに理解できずにいた。ーー

私がその連続殺人事件の話を聞いたのは

3日前だった。捜一時代の同期で今は本庁

刑事部捜査一課の一課長を務めている雪城

宗介(そうすけ)からの協力要請だった。

『頼む、内海。元同期の誼(よしみ)でこの

事件、洗ってくれないか ?』

私は彼からのお願いで少し思案し、言った。

『分かった、協力する。ただし。』

『ただし、何だ?』

『相棒を付けてくれ。』

『分かった、一課で腕すぐりの人間を一人、

お前に相棒として付ける。』

『そうか、なら君の所の高﨑圭太郎という

若い刑事を相棒にしてくれ。』

『えっ、彼をか…,それは何故だ。』

『会った時に本人に伝える。』

そう言って私は彼を自身が収監されている

この刑務施設に呼び寄せた。ーー

高﨑はここに訪れる前に法務大臣である

月島光一(つきしまこういち)に内海の保釈

手続きを済ませていた。勿論、このような

事態は異例中の異例ではあるが,本件において

は内海の能力抜きでは解決出来ないと判断して

の正式な手続きだ。月島もまさか自分が殺人犯

を野放しにするなど考えもしなかったからだ。

苦渋の表情を浮かべつつ、高﨑から出された

保釈手続きの書類にサインと印鑑を押し、

月島は自分の仕事を終えた。ーー

「内海元刑事,これから本庁に私と共に来て

頂きます。保釈とはいえ一時的にです、勿論

事件が解決すれば貴方は先程いた刑務施設に

再収監されます。」

タクシーの中で高﨑は事務的にそう述べたが

内海には全く意に介してる様子は無かった。

寧ろ今の自分のこの状況を楽しんでるかのよう

な雰囲気さえ高﨑にはそう感じた。

「分かっている、今の私と君は事件を解決する

為だけに組んだ一時的な相棒関係だという

事もね…。ところで、缶コーヒーを本庁で

買いたいんだが…」

「それだったら私が奢ります。」

「うん、益々気に入った。」

やはり意に介してはないようだ。ーー

高﨑には婚約者である女性がいる、名前は

国枝京香(くにえだきょうか),都内の銀行に

勤めるOLだ。京香はそれだけでなく警視庁

の警察幹部の一人である国枝守男(もりお)

警視監の長女でキャリアの高﨑にとって

出世は約束されたエリートコースなのだ。

例の如く高﨑は休憩中の京香に電話を掛けた。

「『もしもし,京香さん?僕だけど…』」

「圭太郎さん?どうしたの?」

「『あぁ、うん、今日の晩御飯さぁ、

ある人も同席していいかな?』」

「ある人って?」

「『うん警察関係者の人なんだけど…』」

すると事情を察したのか京香は明るく

返事をした。

「いいわよ、とびっきりの美味い料理で

もてなしてあげるわ。」

「『うん、ありがとう。それじゃあ、お仕事

頑張ってね。』」

「うん、そっちも。」

まるで10代の熱々のカップルのような

やり取りで2人は電話を切った。ーー

その様子を見ていた内海は少しからかう

素振りで高﨑に絡んだ。

「もしや今の電話、君の婚約者か?」

「どうして分かったんですか?今の感じだと

婚約中かどうかさえ分からないのに…」

「君の鞄からブライダル雑誌が見られた。

恐らく春頃には式を挙げるのだろう、

その下見の為に仕事の合間を縫って都内の

結婚式場を就業時間前に探してたんだろう?」

「…参りました,そうです。」

そのあまりの洞察力の高さに高﨑は内海の

底知れない推理力を畏怖した。ーー

高﨑の直属の上司である係長(警部)の

久保塚武尊(くぼづかたける)は自身の腕時計を

見てイライラしていた。高﨑の能力は認めて

はいるが、優しさが抜けてない彼に思う所は

多く、期待してる反面、大丈夫かと上司としては

やや心配してる所はある。

「係長,大丈夫ですか?」

そう聞くのは高﨑の年上の部下である野間春斗

(のまはると),階級は巡査部長だ。

「あぁ、高﨑の能力は認めてる、認めてはいる

よ、だから内海って元刑事に振り回されてるん

じゃないかと気が気じゃないんだよ。」

もう半分、それは親心じゃんと野間は心の中で

そう呟いた。すると捜査一課のドアが開くとそこ

には高﨑と例の元刑事である内海が

入室したのだった。ーー

10

高﨑が連れてきた内海に久保塚と野間は緊張で

萎縮して深々と頭を下げ

「今回の捜査協力の件、

誠にありがとうございました。」

内海はそういう久保塚に「『頭を上げて

下さい、久保塚係長。』」と言った。

「私が今回の捜査を協力しようと思ったのは

彼、高﨑警部補のお陰です。」

そう言う内海に久保塚と野間は頭を傾げつつも

質問した。

「それは何故でしょう?そもそも何故に高﨑を

相棒に選んだんですか?」

内海はその問いに不敵な笑みを浮かべ

こう言った。

「捜査一課には,彼のような新しい風が

必要だからですよ。」

ここから高﨑と内海のたった一週間の

共同捜査が開始となった。ーー

第一話 完

 

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