女の子の人生相談

 僕は今、不機嫌であった。と、言うのも依頼が2週間ほどきていなかったからだ。

 

 よし。こんな日にはブラックコーヒーだな。

 

 そう思ってブラックコーヒーを注いでいると。


 コンコン


 電話は無かったはずだ。覚えている限り、依頼を受けた覚えもない。誰だろうと思いながらその音に応えた。


「はい。何用でしょうか」


 僕は扉を開けた。そこに立っていたのは10代の女の子。


「あんたに依頼」


 君は誰ですか...?と聞きたくなるのを堪えて依頼を聞いてみる。


「依頼と言うのは?」


 女の子がむっとした表情になった。


「その前に部屋に入らせてよ。座りたい」


 確かに。ドアの前で話してもな...と思い、僕は女の子を向かい入れた。


 ——————————————————————


「それで、依頼と言うのは?」


 僕は、コーヒーの香ばしい匂いを楽しみつつ、女の子に同じ質問をする。


「私、東条海とうじょううみ。うみって呼んで」


 いや、名前を聞いていません...と言いたくなるのを堪えた。


 2回目だぞ...


 はぁと溜息を吐いて言った。


「ここでは名前を言う必要はないんですよ」


 それを知らないのは読者でない証拠。本当に誰だこの女。


「知ってる。今、声優やってる男に聞いた」


 この人。と言ってスマホを見せてきた。


 その男は2週間前に親友が失踪したという依頼をしてきた読者だった。最近ブレイクしているらしい。僕もニュースで見たことがある。そして、色々な疑問も晴れた。


「なるほど。ではなぜ知っているのに名前を?」


 女の子はまたまたむっとした表情をした。


「私にも、コーヒーちょうだい」


 はぁ。僕はこの女の子、嫌いかもしれない。


 僕はブラックコーヒーを作った。なぜって?機嫌が悪いからに決まってる。女の子が全部悪いんだぞ。そう思いながら、彼女の前にコーヒーを出す。


「砂糖とミルクもちょうだいよ」


 文句しか言わないのかその口は。そう思って顔を見るとニマッとした笑顔をしているが、目が笑っていない。


 僕の感情移入が発動し全てを悟った。


 あっ。彼女こいつ分かっているんだな。

 砂糖とミルクを入れてカフェラテになったのは僕のて悪いのは)だと。


 僕、こいつ嫌いだわ。  


 溜息を吐きながら仕方なく砂糖とミルクを取りに行った。


 ——————————————————————


「それで?なぜ知っているのに名前を?」


 僕は2度目の質問を投げかける。

 こいつはうーんと少し悩んで言った。


「フェアじゃないから」


 なるほど?よく分からん。


「話は戻すけど、依頼と言うのは?」


 僕が質問した直後にこいつは即答した。 


「私は探偵を依頼しに来ていない。あなたの感情移入が強いという事を知って来たの。私は—」


 途中で言葉を止めた。こういう時は聞くのを催促してはいけない。


「私は、私は...」


 凛とした声が徐々に弱くなり、泣き声のようにも聞こえる。


 見てはいけない。


 本当は彼女は弱く脆いのかもしれない。それを見せない強気な仮面を被っているのかもしれない。あくまで仮定だが。



「私は殺し屋がなぜ私の依頼を断ったのか。それを知りたくて来たの」


 予想の斜め上のことを言われ、僕は困惑した。


「あなたの事を聞かせてくれませんか?」


 僕は初めて人生相談にのることになるかもしれない、と思ったのであった。


 ——————————————————————


 彼女の名前は東条海。17才の高校生であった。家が裕福で、親は不動産屋を経営して、4日前までは幸せな日々を過ごしていた。

 3日前に親が何者かに殺害されいた。彼女は1日前に絶対に依頼を断らない、成功率92%という殺し屋に親を殺害した犯人を殺してほしいと頼んだ。しかし、それが却下されたらしい。


 僕はとても疑問に思った所を1つだけ聞いてみた。普通は聞かないのだが。


「まず、殺し屋とコンタクトを取れた理由を聞いてもいいかな?」


 彼女は髪の毛をくるくるして言った。


「友達が沢山いるから」


 そうかい。分かったよ。これ以上聞かない。

 しかしこんな女の子が、と彼女をよく見てみる。

 黒髪が長く、ロングの髪型で顔は小さく、世の中で言う、綺麗とか、清楚系とかの部類に入る。

 勿体無いと少し思ったが、その雑念を捨てる。


「本当にその殺し屋は依頼を断った事がないのかい?」


 これが間違っていると根本的に変わってしまう。


「ない。断言できる。だってお金沢山渡そうとしたもん」


 なるほど。そして、殺されて、依頼した時間が短い。


 1つ思いついてしまった。


 運命とはこのことかもしれない。ただし、良い運命ではなく、悲しい方なのだが。


 思いついた仮定を確信に変えようと、質問をしようとしたが。


「あなたの名前って何?」


 失礼な奴だな。せっかくこいつから彼女って呼び方にしてあげているというのに。


「作家兼探偵のミステリー好きさ」


「答えになってない」


 頬を少し膨らませ、怒ったような表情をする。


 今可愛くしても遅いぞ。


「作家と呼んでくれ。一応、顔出しをしていないんでね」


 よく分からないと呟きつつ、諦めてくれた。


 よし。これで質問を...


「作家さん。あなたおじさんなの?」


 は?


 いや待て落ち着け僕。ここで焦ってはいけない。ここは丁寧に聞こう。


「なんでそう思うのかな?」


 僕はとっっっても丁寧に言った。


「んーとね。なんでかって言うとね...」


 臆せず話してきやがる...相手の気持ちは本当に分からないのか...


「白髪だから」


 僕はきっと目を見開いて驚いた表情をしていただろう。純粋な目でどうしたの?と聞いてくる。

 これは決して白髪染めをした訳ではない。自然なものである。おじさんではない。

 だが、その理由を言う事が出来ない。とても大切な秘密なのだ。初めて会った相手に言う事はできない。


 僕はひとまずブラックコーヒーを飲む。この苦さはまるで自分の気持ちの苦さを表現しているようで、教えてあげろよ。と言われている気がする。仕方ないだろ。秘密なんだから言えないんだよ。


「申し訳ないが、それは言えない」


 彼女は特に表情に変化はなかった。


「そっか」


「すまないね」


「大丈夫大丈夫。いつか言ってね」


 え?


 ——————————————————————


「さて。話を戻そうか」


「え?もう分かったの?」


 驚いた表情で聞く。


「いや、最後の質問がある」


 すぅと一呼吸おいて。


「君は犯人を知らないね?殺し屋に依頼したのは犯人を探して殺してくれってことじゃないかい?」


「そうだけど...」


 ビンゴ。


 これが運命と言うのなら。彼女は一生運命を恨み続けるだろう。

 僕はコーヒーを淹れなおさなかった。君は悪くない。それを伝えるために。


「きっと、その殺し屋が犯人だ」


「えっ...?」


 彼女は絶句する。

 僕は彼女の顔を見ないように俯いた状態で話を続ける。


「殺し屋は必ず、周辺調査をするんだ。きっと、君の事を知っていたんだろう。殺人された次の日に依頼を頼んだから、記憶に残っていたんだ。だからその依頼を拒否した。自分自身を殺す事は出来ないからね」


「そうだったのね...」


 声に元気はない。ありがとうございましたと呟いて帰っていった。


 後日。その殺し屋は行方不明になったと彼女から連絡があった。

 僕は複雑な気持ちで角砂糖だけ入れてコーヒーを飲むのであった。

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