⑨静寂
突然の歌姫の登場。
しかし、会場は静まりかえっていた。
ライブが終わった後、ただの一人も帰り支度をせずに立ち尽くしていた観客達は歌姫を虚ろな目で迎えた。
歌姫……透音ラブは観客達を見渡すと満足そうに微笑み、一度、胸の前で祈るように手を組んだ。
そして狂演が始まった。
開かれた歌姫の口から紡がれたのは最早人に聞き取れる類いのものではなく、しかし、それでも間違いなく歌であった。
それは讃美歌。
偉大なる存在を讃える歌だ。
一瞬で狂気に堕とされたスタッフ達は示し会わせたかのように機材を操作し始めた。
マイクのアンプは最大値に引き上げられ、照明は極彩色を放ち会場を乱舞し、不気味に色づけされたスモークが沸き立つ。
観客達はサイリウムを掲げながら歌姫に合わせて歌いだした。
いあ! いあ! あざとーす!
あい! あい! あざとーす!
震えんばかりのシュプレヒコールに応えるように、会場中に溢れていたスモークが意思を帯びたかのように集積し始めた。
∴ ∴ ∴
「違う……! こんなの、こんな歌はあの子の歌じゃない!」
頭が割れそうな頭痛に苛まれながら、英理は叫んだ。
防音を貫き、会場全体を振動させる歌に、かろうじて正気を保っていたのは英理とヘッドホンを着けていなかった数人のスタッフだけだった。
「あぁあああああ! 歌が! 歌が入ってくる!」
「止めろ! 止めてくれ! あの歌を止めてくれぇ!」
しかし、スタッフ達も無事とは言えなかった。
頭を抱えながら叫び、両の耳からは黒々とした血が流れ出していた。
「(なんでこんなことに……。私はただあの子の夢を叶えてあげたかっただけなのに……!)」
自分の歌で人を、世界を魅了したい。
世界中に自分の歌を届けたい。
生きてさえいれば、それが十分に可能なだけの歌声を持っていた娘。
最も近くでその歌を聴いてきたからこそ分かる。
今、響いている歌声は断じて娘のものではない。
なにか悍ましい存在が娘の声に似せて歌っているのだと。
「(これ以上、あの娘を、あの娘の歌声を瀆させてなるものですか……!)」
英理はふらつきながらも私物のレコードケースを手にステージに向かって歩き出した。
∴ ∴ ∴
揺れる会場の中、壁に手を突きながらも英理がステージ袖にたどり着いた時、狂演は最高潮を迎えていた。
ラブだけでなく、英理によって産み出された他の6人の歌姫達まで顕れ、バックコーラスを務めるようにラブの後ろで歌っている。
天井から吊るされたミラーボールは何か色彩の狂ったプリズムのような奇怪なモノに置き換えられ、そこからはドロドロとした極彩色の泡のようなモノが溢れていた。
沸き上がるスモークと混じりあった泡はゴポゴポと蠢きながら宙に留まり、そこからは呪詛が溢れていた。
鳴りやまぬ、歌と呪詛の最中、英理が正気を保っていられたのは娘への愛ゆえであっただろうか。
英理はステージに置かれていた演出用のアンティークの蓄音機にすがり付き、一枚のレコードをケースから取り出した。
『SILENCE』と銘のはいったそのレコードには、些かの溝すら彫られていなかった。
ブランクにしか見えないソレを英理は蓄音機にかけると針をそっと落とした。
挿し絵
破滅の歌姫 透音ラブ
https://kakuyomu.jp/users/Yutuki4324/news/16818093078132574819
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