⑧The Show must go on


 PROTOCOL DIVA -7th Ritual-は二万人のキャパシティを誇るアリーナを観客で埋め尽くした。


 10代から70代まで幅広い年齢層に渡り、まさに老若男女入り乱れる大盛況であったが、熱気を帯びたライブはある歌姫の登場を境にどこか奇妙な落ち着きを見せた。


 透音ラブ。

 菫色を基調とした民族衣装を思わせるステージ衣装に身を包んだ、同じく菫色のグラデーションのかかった膝まで届く長髪の歌姫はステージ上に顕れた瞬間に場を支配した。


 その姿は会場、配信合わせて10万の目を、そして歌は耳を奪った。


 振られるサイリウムの軌道も振り幅も、すべてが完全に揃い、それはもはやライブ独特の一体感などという言葉では現せない、そのライブの名にふさわしい儀式めいた異様な光景であった。


 ∴ ∴ ∴



 そのライブは特殊な構成であるため、音響、照明、映像を一元管理する必要があった。

 その為にわざわざ設営されたマスタールームでは各担当スタッフ達がライブを終えた後も緊張と興奮が抜けない様子で機材の前で浅い息を吐いていた。


 「……櫃田プロデューサー……凄まじいライブでしたね」

 「当然よ、あの娘の初舞台ですもの」


 ライブの総合プロデューサーにして、歌姫達の産みの親とも言うべき人物。

 櫃田英理ひつだえりはスタッフの一人に話しかけられるとさも当然だとばかりに応えてみせた。


「あの娘は……ラブは特別なの。天が私に与えてくれた特別な……」


∴ ∴ ∴


 希代の声楽家であった愛娘を病で失い、悲哀に暮れていた英理に差した光明は、娘の声を、歌を再びこの世界に取り戻すことだった。


 手当たり次第に求めた手段の中から、注目され始めていた音声合成技術やAIの世界に、全くの0から飛び込んだ英理は瞬く間に最初の歌姫を完成させた。

 それはある種の狂気のなせる業だったであろう。


 そこから数年で6人の歌姫を世に送り出した英理の元にある音声データが届いた。


 差出人不明のCD-ROMに記録されたそれは……失ったはずの娘の声。

 記憶にあるよりさらに洗練されていたが間違いなく娘の歌声だった。


 歌詞は聞いたことのない言葉だったがまるで子守唄のような優しい歌……そこからサンプリングされて産まれたのが“透音ラブ”であった。


∴ ∴ ∴


「ん……?」


 モニターを確認していたスタッフの一人が何かに気づいたのか小さく声をあげた。


 ステージの中央、ライブを終え誰もいないはずの場所に立つ存在。

 特徴的なその姿は間違いようもなかった。


「おい、誰か機材弄ったか?」

「いえ」

「じゃあアレはどういうことだよ」


 透音ラブが再びステージ上に顕れ、暗くなった会場の中うすく微笑みを浮かべていた。






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