⑦Sounds of
「で、お前チケットは?」
「欲しがってたやつに売った! で、買った!」
隆臣は「どうだ」と言わんばかりの良武に呆れたような視線を向ける。
隆臣はこの手の機材に詳しくはないが、ワンルームを簡易のライブ会場にするだけの機材だ。
2,3万ということはないだろう。
一体いくらで売ったのか……。
ふと、自分も売れば良かったかと思ったが別に金には困っていないなと隆臣は思い直す。
「転売かよ」
「いやいや、俺の下宿のクソ回線じゃさ、ン万人がアクセスするようなライブなんて見れねえしと思ってよ」
「ネカフェにでもいけよな」
「ネカフェじゃ騒げねえじゃん」
「俺の家ならいいのかよ……ま、防音は効いてるらしいけどな」
「だろだろ? 丁度、お誂え向きに黒いカーテンだしよ。やっぱさライブみたいなのは一人じゃつまらねえし一緒に楽しもうぜ」
元より近より難い雰囲気を持っていた隆臣だったが、視覚障がいになってからはより一層その雰囲気を強くしていた。
しかし良武はまるで関係ないとばかりに絡んでくる。
隆臣はうざいとは思っていたが、この底抜けに明るい同期の男のことが割りと好きだった。無論、友人として。
隆臣はため息まじりに、「まぁいいけどよ」と少し頬を掻いた。
良武はカバンをごそごそとやると「ほれ」と何か棒状のモノを渡してくる。
「なんだこれ」
「何って……サイリウム、見たことねぇの?」
▽
「愛して、愛して、愛してキュンキュン!!」
片手に3本ずつ、両の手合わせて6本の蛍光する20cm弱の棒が暗幕で閉めきられた部屋に複雑な軌跡を描く。
どこで覚えたのか、キレッキレのオタ芸を披露する良武のすぐ横で、隆臣は手持ちぶさたに1本だけサイリウムを握りダランと手を下げていた。
「(……やっぱ、うざい。つうかうるさい)」
ライブ開演から終始ハイテンションの良武に、最初は一応サイリウムを軽く振って合わせていた隆臣だったが、すぐについていけなくなった。
基本的にライブは音と光の演出だ。
その光が苦手な隆臣はサングラスごしでも感じる眩しさにいまいち集中して観賞することは叶わなかった。
すぐ隣で視界を掠めるサイリウムもそれに拍車をかけていたが。
しかし、なるほど現代技術の粋を結集させたライブは隆臣にもわかるほどに圧巻であった。
楽器の生演奏に合わせてまるで生きているかのように歌い舞う電子の歌姫達は現実離れした美しさを湛えていた。
隆臣はこの舞台を色つきで見られないのは少しばかり惜しいなと感じ、故に自身は乗り切れないながらも良武に水を差すようなことはしなかった。
うざかったが。かなりうざかったが。
何度ひっ叩こうと思ったか知れない。
ライブはアンコールを全歌姫集合で飾り、すべてのプログラムを終えたようだ。
だが、観客は余韻に浸っているのか、席を立とうとはしなかった。
オンラインで視聴していた者もおそらくは同じだろう。
良武もどこかボーっとしたように、暗くなった会場を映すスクリーンを見つめ続けている。
「ヨシ、ちょっと外の空気吸ってくるから」
隆臣は良武に一言声をかけたが返事はなかった。
あれだけ騒げば仕様がないか、と返事が無いことは特に気にせずに隆臣はカーテンをよけ缶ビールを片手にベランダに出た。
機器の排熱と良武の熱気のせいかワンルームはかなり気温が上がっていたようだ。
肌をなぜる風が冷たく感じた。
缶ビールを一口あおり、隆臣は空を眺めた。
月のない新月の夜だ。
雲がかかっているのか星もあまり見えない。
隆臣はこういう夜に妙に郷愁を感じた。
何かが懐かしいような恋しいような、しかしそれが何か分からなかった。
10分ほどだろうか。隆臣が外に出てからそのくらいが過ぎた時だった。
リ……という微かな、それでいて美しい音色が隆臣の耳をついた。
ハッと、隆臣がポケットからスマホを取り出すとストラップ代わりにつけていた小さな鈍色の鈴が微かに震えていた。
そして隆臣はガラス越しに確かに、鐘の音を、聞いた。
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