③空白
「なんか良武のやつがすいません、紅先生」
「木島は本当に暮井君と同じ人間カ? 情緒がおかしすぎるネ。どこかでチョーチョー人の血でも混ざってないカ?」
「チョーチョー……なんです?」
「うちの地元のヤバい奴ネ。一族皆ヤクザみたいな奴らヨ。はい、暮井君のチケットネ」
「え……俺、転科したんですけどいいんですか?」
「うちの大学で今一番乗ってる
差し出されたチケットを隆臣が遠慮がちに受け取ると紅は満足そうに頷いていたが、不意に目付きを鋭いものに変えた。
赤い瞳が隆臣のサングラスの奥を覗き込むように細められる。
「悩み事カ?」
「え……っと……分かります?」
「絵見たら分かるヨ。ま、暮井君はその悩みすら味のある線に変えてしまうから凄いんだけどネ」
「悩み事っていうか探しモノっていうか……ずっと探してるモノがあった気がするんですけど、何故か何を探していたのか思い出せなくて……おかしいっすよね?」
隆臣にはどういうわけかここ数年の記憶の中にどうしても思い出せないことがあった。
それは例えるなら規則正しく並んだ本棚に空いた一冊分の隙間のようで、隙間があるのは分かるがそれがどんな内容の本だったかわからない。そんな気持ち悪さを感じる記憶の空白であった。
「ワタシは専門家ではないからネ……でも思い出せないことを無理に思い出そうとするのも体に毒じゃないカ?」
「そうなんですかね……」
「そうソウ! くよくよしてても仕方なシ! このライブでも見てパーっとすればいいヨ! 何て言ってもリアルタイム3DCGの映像技術はかなりのもので、本当にキャラクターがその場にいるように見えるのヨ!」
「俺、色がわかんないんで映像とか見てもあんまりわかんないっすよ」
「あ、そうだたネ……」
紅は若干ばつが悪そうにしたが、すぐにニタリと笑みを浮かべた。
それは見るものを不安にさせるような嗤い方であった。
「ここだけの話ヨ……このライブにはあっと驚くようなサプライズが仕込んであるネ」
「サプライズ……っすか?」
「そうネ。もしかしたら……それを見ることが暮井君の望みに叶うかもしれないよ?」
「えっ……」
「じゃ、たしかに渡したからネー」
「あっ、紅先生!?」
隆臣の言葉を待たずに紅はヒラヒラと手を振るとハイヒールを鳴らしながらあっという間に何処かにいってしまった
少し遠くから「ヘイ! 若人達!」と紅の声が聞こえてくるので、他の学生にチケットを配っているのだろう。
隆臣はしばし紅に声をかけようとした体勢で固まっていた。
紅の最後に言った言葉を何処かで見聞きしたようなそんな気がしたから。
そして何より色のわからぬはずの自分の目に映った紅の瞳が、赤く怪しく光ったように見えたからだ。
少しして「気のせいか」とかぶりを振ると、隆臣は学食に向かって歩きだした。
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