⑪ 這いよるモノ
おおよそ一年の時が過ぎた。
隆臣の生活はそれほど大きく変わってはいなかった。
姉らしきナニかは普通に就職活動をして内定をもらったし、父らしきナニかは普通に仕事に行き、隆臣への仕送りもちゃんとあった。母らしきナニかは時折、下宿を訪ねては隆臣の健康を気づかい常備菜を持ってきた。
時折、ゴポリと泡立って見えることを除けば至極普通の家族であった。
学業の方も意外と何とかなった。
さすがに色が分からないのはどうしようもなかったが、幸い隆臣のいた大学は日本画のコースがあった。事情を説明し、試しに見たままを描いた風景画が教授に大変うけたので、そのまま受講コースを変更してもらえた。
それまで通っていたイラストレーターコースの担当教授からは残念がられたが致し方なかった。
隆臣の生活で変わったことがあるとすれば……
「隆臣っ! 肝試し行くんだけど、あんたも来なさいよ」
「あぁ、いいよ」
千草らしきナニかは生前の趣向そのままに怖いものが好きであった。
相も変わらず肝試しなんかをしていたが、それに隆臣は付き合うようになった。
しかしそれは怖い思いをしたい、ということではなかった。
ただ、あの暗く静かな処に行きたい。
もう一度、彼女に……サイに逢いたい。
その思いが隆臣を支配していた。
あるいは、またあの病院であったような、おぞましいコトが起きれば彼女に逢えるだろうかと、隆臣はある意味で千草以上にどっぷりとオカルトにはまっていった。
悪心影を名乗るアカウントとのやり取りは煙のように消え、鳥居のあった処への道はどうやっても思い出せなかった。
それでも隆臣は求め続けた。暗がりに彼女に、サイに繋がる何かを。
眼全体を隠す黒々としたサングラスの奥に、魅入られた者だけが持つドロドロと濁った瞳をギョロつかせ隆臣は千草の後についていった。
∴ ∴ ∴
コツコツとハイヒールが固い床を叩く音が廃病院の地下の廊下の壁に反響している。
「ウフフ、思惑以上のことが起きましたネー……まさか暮井君がアレを召還するに至るなんて! とはいえ辺里先生の仕込んだ結界もすっかりなくなっているのはワタシにとっても都合が良イ!」
足音の主は明かりの無い廊下を迷うことなく進みながら嬉しそうに嗤っていた。
少し訛りのある女性の声。
しかし、聞くだけで心を掻き乱すようなそんな声音だ。
その人物はそのまま手術室へたどり着き、部屋の内壁をコンコンと叩いて回る。
「あぁ、ここネ」
女が手を掛けると壁の一部が横にずれ、さらに地下へ続く階段が現れた。
隠し部屋なのだろう。
手術室からしか入ることが出来ないようになっていたその部屋は、一見すると手術用具を置いている倉庫のようにも見えた。
しかし、見るものが見れば分かるだろう。
そのすべてが人体に対して何かしらの苦痛を与える用途にしか使い道の無い非道な道具の数々であると。
部屋を見回せば、壁際に並べられた棚にずらりと並んだホルマリンの入った容器があった。
数にして50は優に越えているだろう。
容器には干からびて小さくなったしわくちゃの何かが浮かんでいた。
そんな奇怪な一室の作業台のような……手術台のようなモノの上にそれらはあった。
おおよそピラミッド似た、一辺が15cm程の四角錐の結晶体がいくつも並べられていた。
結晶は無数の狂った角度と面の集合体であり、ひび割れたガラスのように触れればそれだけで崩れそうにすら見えた。
「ひぃふぅみぃ……随分沢山ありますネ。いったい何人“射出”したのやら? ま、これだけあれば……フフ」
女はその結晶体を一つ無造作につまみ上げ掲げると、クルクルと回るように躍りながら邪悪な笑みを浮かべた。
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