⑨ 闇

「さ、サイ!」

「あぁ、そうだよ。すぐに喚んでくれたね、タカオミ」

「あ、あれが! あの化け物が姉貴……親父、お袋も!」

「ふぅん……」


 隆臣を後ろ手に庇うように前に出ると、サイは多頭の化け物をしげしげと見る。

 化け物は突然顕れたサイを警戒したのか触手を引っ込め無数の頭を観察するようにサイに向けていた。


「頭が無い、というからまたぞろユゴスの甲殻類共が悪さをしているかと思えば……随分とまぁ珍しいのがいたものだね」


 サイは無造作に化け物の方へ歩きだした。

 サイから滲み出るように広がる、地下にあってなお深く暗い闇が多頭の化け物へ触れると無数の頭は悶え苦しむようにのたうち周り壁や天井に、あるいは頭同士を叩きつけ始める。さらには苦しげにくねらせた触手を頭の眼孔へと突き入れ眼球をえぐりだし始めた。

 その度に頭からは激痛に悶える絶叫がほとばしり、地下一階の廊下はまさに阿鼻叫喚の有り様となり果てた。


「くふふ、頭が多いと苦労するねぇ……しかし妙に頭の数が多いね。餌付けでもされていたのかい?」


 サイがさらに化け物に近づいていく。

 だが、突如化け物から伸びた触手がサイの身体に、手足に、そして首に巻き付いた。


「あぁ、別に目に頼ってたわけじゃないのか。油断したなぁ」


 暢気な様子のサイの首に巻き付いた触手がそのままブチブチと音を立てサイの首を引きちぎった。


「サイぃい!?」


 隆臣の上擦った叫びが響く。

 化け物は眼孔に空いた穴から赤黒い液体をダラダラと流しながらも、無数の頭の口を歪んだ笑みの形に変え、隆臣に向け勝ち誇ったようにサイの首を掲げてみせた。しかし……


「タカオミ、ちょっとばかり危ないから階段を上がってくれたまえよ」


 ちぎれたサイの首が、ごく自然な口調で隆臣に話かけた。



「サイ!? あえぇ!?」

「ほら、早くしたまえ。呆けてる暇はないよ」


 瞬間、サイの首から、体から闇が溢れた。

 それはさながらタールのような粘性の高い液体のようであった。

 闇はどんどんと嵩を増し、地下を埋め尽くさんと広がっていく。


「うわわわっ」


 隆臣は慌て、扉に飛び付き階段を駆け上がっていく。

 サイから溢れた闇に呑まれた化け物は、その灰色の流動体のような身体を震わせ、蠕動させ、悶え苦しみ、その形を少しずつ失っていった。そうして最期に無数の頭からおぞましい断末魔を響かせると完全に闇の中に呑まれて消えた。



 ▽



「タカオミ、こんなところに居たんだね」


 明かり取りの窓から差し込む光が陰り、薄闇に包まれた廃病院の中。

 3階の病室らしき部屋、放置されて埃を被ったベッドに座り震えていた隆臣の元に足音一つさせずサイがやってきた。

 まるで何事もなかったかのようにその身体は元通りになっている。

 急に声をかけられ隆臣はビクッと肩を跳ねさせた。


「サイ……化け物は?」

「うーん……ゲテモノの割りには大味だし雑味も多いし……20点くらいだね」

「は?……喰ったのか?」

「そんなところだね」


 そのやり取りで隆臣はこのサイという存在がとんでもない化け物なのだと理解させられた。

「でも、まぁ見た目は正直、普通に美人だし、好みだし、さっきの化け物よりはよっぽどマシ!」というのが隆臣の率直な感想ではあったが。

 やはり自分は少しずれているのだろうな、と隆臣は感じていた。


「あ、姉貴に親父、お袋は……?」

「まぁ……お察しの通りかな」


 そりゃ、首だけになって生きてるわけはないだろうな……と納得はしていたが確認すると中々にキツいものがあった。

 「天涯孤独かよ!」とか、「まず警察か?学校?どこに連絡すりゃいいんだよ!」と隆臣は頭を悩ませていた。

 ここでその考えにいたるのは本人の気質か、あるいは混乱からか。

 いずれにせよ精神的に少し余裕があるのは確かであろう。



「ふふ、タカオミの望む通りにはならないかもしれないが、私も出来る限りのことはしてあげよう。そんなことよりだ……」


 ベッドに手を突き、ずいっと隆臣に顔を寄せるとサイは蠱惑的な表情で舌なめずりをしながら告げる。


「ふふ、私を喚んだからにはタカオミには対価を貰わないといけないね」

「対価? ……まさか俺を喰うつもりじゃ」

「そのまさかだ、タカオミ。私は、君が、欲しい」


 サイはそう言うと、おもむろに隆臣の唇を奪った。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る