⑦ H廃病院

 千草の運転するセダンは住宅街をかなりのスピードで飛ばしていた。

 隆臣のスクーターはあっさりと振り切られてしまう。

 だが、隆臣は見失ったこと、それ自体に焦りは感じてはいなかった。行き先には予想がついていたからだ。

 隆臣は一度路肩にスクーターを止めると、スマートフォンを取り出した。

 久遠精舎では使い物にならなかったが、今はちゃんと動作しているようだ。

 隆臣は警察に通報をしようか悩んだが、「姉が両親の首を切り落としてしまった」などと言えるわけが無いし、今は千草のことが優先だとタッチパネルを手早く操作して、目的のサイトを表示する。

 それは“最恐心霊スポットまとめ”だとかそんなようなサイトだ。

 各スポットの紹介ページにはご丁寧に地図アプリへのリンクまでついている。

 隆臣は“H廃病院”のページを開いて、すぐに地図アプリを表示し案内を開始させるとワイヤレスのイヤホンを耳に埋め、すぐにスクーターを発進させた。




 H廃病院は7年程前に潰れた脳神経外科の病院で廃墟としては比較的新しい部類のスポットだ。

 どうして潰れたのかは詳しくはわからないが、

 曰く、経営不振だとか、曰く、院長が行方不明になったからだとか、曰く、患者を使った怪しい実験がばれたからだとか、様々な噂がまことしやかに囁かれている。


 三階建ての建物は吹き抜けの中庭を備えており、採光の為の窓も豊富な院内は真夜中でも無ければ廃墟となった今ですら明るい雰囲気である。

 まとめサイトの紹介でも地上部分は大したことはないとまで書かれている始末だ。

 そう、地上部分は。


 この病院には地下が二階まである。

 そこまで大規模ではない病院にある地下部分、怪しいといえば確かに怪しいだろう。

 手術室が地下にあること、院長が脳外科の権威であったことが“怪しい実験”の噂に説得力を与えている。


 まとめサイトの紹介にはこうある。

“地下から何かが動くズルズルという音がする”

“地下から叫び声が聞こえる”

“地下がヤバい、階段を降りられない”

 などなど、とかく怖い噂はとにかく地下に集中しているようだ。



 そんなH廃病院の正面玄関に隆臣の乗るスクーターは到着した。

 案の定というか予想通りというか、黒塗りのセダンも停まっており開け放たれた運転席から病院内へと二筋の血痕が点々と続いていた。


「姉貴……!」


 隆臣は血痕を追って、院内へと足を踏み入れた。

 院内は所々の壁にスプレーの落書きがされているものの、物が散乱しているといった様子はない。

 日が高い位置にあるからだろう、採光窓からの日光に照らされた院内はとても明るかった。

 患者が穏やかに過ごせるよう配慮されていたのだろうが今の隆臣にとってはなんの気休めにもならななかった。


 

 隆臣が血痕を辿っていくと、こじんまりとしたエレベーターホールへとたどり着いた。

 すぐ脇には非常階段を示す表示と防火扉をかねたスチール製の扉がある。

 扉のドアノブには血のついた手で握った痕がくっきりとついていた。

 隆臣は血を気にしながら扉を少し開き、首だけを差し入れて階段を覗きこんだ。血痕はそのまま階段を下り地下に向かっているようだ。


「地下……」


 サイトの評判を思いだしブルリと身震いするも隆臣は意を決して階段を下っていった。

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