⑥ 鳴らぬ鈴
「どうしてだよ!?」
隆臣が食って掛かるが、サイはあっけらかんとした様で言葉を返してくる。
「私が姉君と直接会うことが無理だからだね。正気を失うから。私とこうやって話していても壊れないタカオミが特別なんだ。それに私は直すとか治すとか、まぁそういうのが苦手だ。すこぶる、苦手だ」
「そんな……」
すげない返答に隆臣が顔を暗くして肩を落とすと、サイは慌て取り繕うように声をかける。
「あぁタカオミ、そう気を落とさないでおくれ。私は君を気に入っているんだ。きっと力になってあげるから」
サイは音もなく立ち上がると、奥の祭壇から小さな鈴を一つ取り上げた。鈴は暗く煤けたような鈍色をしていた。
サイは隆臣の手にその鈴を握らせ、耳元に口を寄せると優しげな声音で隆臣に囁いた。
「タカオミ……しかるべき時にそれを鳴らしたまえよ。そうすれば……」
「そうすれば……なんだよ……」
「ふふ……それは秘密だ」
サイは「さて」と呟きながら隆臣の手を引き、立ち上がらせる。
「タカオミ、そろそろ帰る時間だ……送ってあげよう、闇に迷うといけないからね」
「あ、おい!」
サイはまた有無を言わせず隆臣の手を引き、久遠精舎から出ると闇の中どんどんと石段を下っていった。
登ったときはあれ程時間がかかったのに下りはあっという間であった。
鳥居のところまでたどり着くと「ここまでだ」とサイは隆臣の手を放した。
「タカオミ……忘れないようにね。しかるべき時に……」
トンと背中を押され鳥居を抜けた隆臣の後ろからサイの声がかけられる。
隆臣が振り返ると、そこには鳥居も石段もなく、ただ尖った葉の木々が立ち並ぶ山肌とそこにかかる朝靄だけが、少し差してきた朝日に照らされていた。
あまりの現実味の無さに隆臣はしばらく呆けてしまった。
「夢……じゃないんだよな」
朝日の眩しさに顔をしかめながら、そう呟いた隆臣の手には暗い色をした小さな鈴が握られていた。
試しに鈴についた紐を持って揺らしてみたが鈴はうんともすんともチリンとも鳴らなかった。
「珠が入ってないのか? これ」
鈴には珠が入っておらず、鳴らないのは当たり前だった。
しかし、それでも隆臣は「これはしかるべき時にはちゃんと鳴るんだろうな」と思った。
それだけの体験を一晩のうちにしてしまったからだろう。
隆臣は鈴をポケットに押し込め、停めてあったスクーターに跨がった。
朝日の眩しさに苦労しながら隆臣が実家についたのは既に昼前だった。
ただでさえ姉のこともあるのに、自分まで一晩中どこかに出かけてしまったのだ。両親に心配をかけてしまっただろうな、と隆臣の足取りは少しばかり重かった。
玄関のドアに手をかけ横に引きながら、控えめな声量で「ただいまー」と口に出す。
しかし、返事は帰ってこなかった。
母は専業主婦だし、父も姉のことで長めに有給を取っていたはずだ。
どこかに出かけているのだろうか、と訝しみながら玄関をくぐった隆臣の鼻を異臭がついた。
ダイニングのドアが少し開いており、そこから生臭いような、錆び臭いような湿度の高いねっとりとした臭気が漂っている。
「お袋! 親父! ……姉貴!」
隆臣は玄関を上がりながら家中に響く声で家族を呼ぶが、家はすぐにシンと静まり返事はない。
隆臣は唾を飲み、ダイニングへと足を踏み入れた。
途端、濃くなる臭気と共に、ピチャリとスリッパの裏から何か水気のあるモノを踏みつけた音がした。
足元を見ると、赤黒い液体が床をべっとりと汚しており、それはダイニングカウンターの裏……キッチンから流れてきているようだった。
「うわあああああ!?」
おそるおそるキッチンを覗いた隆臣の目に飛び込んできたのは、2人分の首無し死体が、その切断面からダクダクと血を流し続けている様だった。
背格好からして首無し死体は両親のものだろう。
隆臣は吐き気を堪えきれず、その場で胃液を逆流させてしまい、喉を焼く感触に何度も咳き込んだ。
しかし、気を落ち着かせる間もなく、隆臣の耳はガレージの電動シャッターの開くガラガラという音を捉えた。
隆臣が玄関を飛び出すと、今まさに父の愛車の黒いセダンがガレージから発進していくところだった。
運転席には、無表情の千草が座っていた。
「姉貴!!」
隆臣の呼び掛けに応じることなくセダンはどんどん遠ざかっていく。
隆臣は逡巡したが、「くそっ」と悪態をつくとスクーターに跨がりセダンの去った方向に走り出した。
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