⑤ 久遠精舎

「っく……くふっ……くふふふふ」


 事のあらましを話終えた隆臣の前で、サイは笑いを堪える様にしていたが「ダメだ、堪えきれん!」と腹を抱えて笑いだした。


「アハハハハハハ! こんなことがあるかね!? タカオミ! 君は素晴らしい!」

「な、何がそんなにおかしい!」


 自分は大真面目に話をしたのに、こんな風に大笑いされたのでは匿名掲示板の連中と変わりないではないかと隆臣は憤る。

 なお、笑いを止めることなくサイは答えた。


「これが笑わずにいられるかね? なんだったかな? オカルト? そうオカルトだ。タカオミはオカルトの実在を毛ほども疑っていない! だからこうして正気を保っていられるのかな?

いや? それだけだと説明できないかな? まぁ、理由なんて些末なことだね。君はどういうわけか闇に耐性があるようだ、タカオミ。あぁ、素晴らしい。実に素晴らしい」


 サイはケラケラとひとしきり笑うと目に浮かんだ涙を指で拭いながら「すまない、すまない」と謝罪の言葉を口にした。


「サイは……人間じゃあ無いのか?」

「あぁ、そうだよ」


 隆臣の問いをさも当然とばかりにサイは肯定した。


「私もまた、タカオミの言うところのオカルトな存在ということになるだろうね。そしてタカオミの姉君の身に起こったこともまた、オカルトというわけだ」


「それにしてもだ」とサイは僅かに不機嫌そうに眉をひそめた。


「暗黒寺とはいただけない。誰だね、そんな失敬な名を考えたのは」

「それは、悪心影とかいうやつが……」

「悪心影……ね」


「掻き回し屋め……」とやや苛立ったような呟きを漏らしサイは隆臣に念を押すようにする。


「いいかね? 此処は暗黒寺などではない。私は此処を“久遠精舎”と呼んでいる。まぁ、私の神殿のようなものだ」

「久遠精舎?」

「聞いたことがあるだろう? 祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり……平家物語、冒頭の一説だ。祇園精舎の鐘の音にはこの世すべてのモノは絶えず変化していくような響きがある、というような意味だな。だが変わらぬモノ……例えば元から形の無いモノなどは変わりようがない。そんな意味を込めて“久遠精舎”と呼んでいるのさ。まぁ、言葉遊びだよ」


 サイはその“変わらぬモノ”こそ自分であるとばかりに自慢気な態度で「ふふん」と鼻をならした。


 ここに来て隆臣は「自分は何かとんでもないことに巻き込まれているのではないか?」そんな風に思い始めていた。

 しかし、だからこそ姉の千草をどうにかできるのは目の前で梅昆布茶を啜っている得たいの知れない存在だけだとも思えた。


 隆臣は改めてサイに姉のことを懇願した。


「なぁ、サイ。あんたなら姉貴を助けてくれると思ってここまで来たんだ! 頼む!」


 しかし、サイはあっさりとその懇願を切って捨てた。


「悪いがタカオミ、それはおそらく無理だろう」








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