④ 肝試し

「あ、そ。じゃあアタシはこれから友達と遊んでそのまま肝試しに行くから。ママには上手いこと言っといて」

「あいよ。いってらっしゃい」


 断られることは分かっていたのだろう、千草は特に食い下がることもなく、そのまま出かけていった。

 隆臣はスマートフォンを片手に今から千草が向かうという廃病院の噂を検索して「うわ……マジで。実家の近くにこんなのあるのかよ」と鳥肌を立てていた。




 そして、帰ってきた千草は“おかしく”なっていた。

 翌朝、焦点の合わぬ瞳に、終始ブツブツと不明瞭な呟きを垂れ流し続け、ダイニングの隅にうずくまる千草を見つけた両親はすぐに病院へと連れていった。

 しかし、原因は全く不明であった。

 どころか数日後には警察が訪ねてきた。

 一緒に肝試しに向かった千草の友人達は皆、行方不明になっているのだという。

 ただ1人戻った千草もこの有り様であり、何か事件に巻き込まれたのは明らかであった。


 精神科はもちろん、寺や神社も訪ねた。

 あげくの果ては自称霊能力者の怪しい輩に娘の身体をまさぐらせてなお治る見込みは全くない。

 そんな事態に隆臣の両親は心労に疲れた顔を見せ始めていた。


 そんな折、畳み掛けるように千草は異常な行動を取り始めた。

 最初は、ぬいぐるみや人形……次は冷蔵庫にあった魚、そしてつい先日には野良猫。

 千草はそれらの首を切断しては誰にも気づかれぬうちにどこかへ運んでいく……そんなことを繰り返すようになっていた。

 まな板の上に残された首のない猫の身体を母親が見つけた時には凄まじい悲鳴が上がった。


“姉が何かに取り憑かれた、誰か助けてくれ”

 隆臣は事情をネットの掲示板やSNSに書き込んで回った。

 オカルト好きな者達が冷やかしたり馬鹿にしたり、あるいは本気で心配したりとアレコレ書き込みを寄越したが、役に立ちそうな書き込みはまるで無かった。


 そんな中、明らかにほかとは違う雰囲気を纏ったDMに、藁にもすがる気持ちで誘われ、隆臣はここにやってきた。

 暗黒寺と呼ばれたこの異界に。



「やぁやぁ、待たせたね。来客は久しぶりだから支度に手間取ってしまったよ」


 片手に行灯、もう片手にはお盆に湯飲みを2つ乗せ、サイが戻ってきた。

 行灯の灯りの眩しさに隆臣は目を細めてしまう。

 闇に慣らされた目にそれは日の光のように明るかった。


「おや、灯りはいらなかったか……ふふ、いいねぇ、タカオミは」


 隆臣の様子に喜色を浮かべクスクスと笑うとサイはふっと息を吹きかけ行灯の火を消し、湯飲みを隆臣の前に置くと向かいに正座をする。


「さ、まずは一服」


 サイは湯飲みに口をつけ優雅に中身を啜った。

 隆臣は得たいの知れない中身に飲むのを躊躇ったが、喉の渇きには抗えず恐る恐る、一口だけ中身を啜る。


「……梅昆布茶?」

「好きなんだよ、これが。素朴な味でね」


 サイはもう一口、梅昆布茶を啜ると湯飲みをおいて話を切り出した。


「さて、タカオミ。君は一体何者で私に何の用かな? 魔術師にしては護符の類いは身に付けていないようだし、神秘の探求者のようなギラギラした瞳も狂信者共のようなイカれた様子もない。その癖、私を直視しても正気を保っている。実に、不思議だ」


「君のことを聞かせてくれたまえ」とサイは蠱惑的に微笑んだ。








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