③ オカルト
「さぁ、私は答えたよ。次は君の番だ、名は?」
「……
「タカオミか……いい名前だ」
「あ、あんたは……」
「サイでいいよ」
有無を言わさぬサイの調子に青年……隆臣は飲まれていた。
「ここじゃあ何だね」とサイは隆臣の手を掴み、グイグイと体を引き立てていく。
その手はまるで氷のように冷たく隆臣の体温を奪っていくようだった。
何よりサイが顕れてから気温が一気に下がったようで、隆臣は寒さと恐怖に肩を震わせていた。
体温を感じない冷たい手に引かれ隆臣が行き着いた先は、おそらくは先ほどの寺院のような建物の中だろう。
冷たい板張りの床に隆臣を座らせるとサイは「少し待っていてくれたまえ」と、どこかに行ってしまった。
「はは……完全にオカルトだ」
1人残された隆臣は、身体の震えを誤魔化すようにそう呟いた。
周囲は相変わらずの暗闇で光源の類いはない。
しかし、隆臣の目は何となくだが周囲の様子が分かるようになっていた。
まるで、より深い闇に目が慣れてしまったかのように。
隆臣が通されたのは、やはり寺のお堂のような場所なのだろう。
広い板張りの部屋の奥には祭壇があり、本来であれば仏像が祀られてしかるべきそこには、3連の鐘が鎮座している。
その3連の鐘を中心に大小さまざまな鐘や鐸、鈴がじゃらじゃらと飾られていた。
「仮にここが寺でも真っ当な寺じゃないな」と隆臣は感じていた。
しかし、そもそも彼がこんな処にくる羽目になったのもまた、真っ当な事情とは言えぬモノだったので、きっとこういう処こそが相応しいのだろうとも思っていた。
きっかけはおおよそ3週間前になるだろうか。
隆臣が通いはじめた美術系の大学も夏の長期休みになり、実家へと帰省中のことだった。
隆臣がクーラーの効いた実家のリビングでダラダラと過ごしていると、同じく帰省中であった1つ歳上の姉、
「隆臣、今夜さ、肝試しに行くんだけど、あんたも来なさいよ」
「あぁ? 行かねえよ」
聞けば同じく帰省中であった地元の友人達と廃墟となった病院へと肝試しに行くのだと言う。
雑誌やネット上でもそこそこに有名な“出る”という、その廃病院は意外と近くらしく、実家から車で20分足らずの場所なのだそうだ。
千草にはオカルトに傾倒していた時期があり、こっくりさんだの、1人かくれんぼだのに隆臣を巻き込もうとしては隆臣がすげなく断るということを繰り返していた。
最近はあまりそういうことはしなくなったがオカルト好きは健在であるようだ。
実のところ、隆臣もオカルトは嫌いではない。
いや、むしろ好きな部類だ。
ひげ面の怪談師の独特な語り口に聞き入ったり、洒落にならない程怖いという文句の体験談のような話をネットで漁っては数時間単位で読み耽ったりしていた。
千草と隆臣に決定的な違いがあるとすれば、千草はオカルトを信じておらず、隆臣は本心から信じているという点であろう。
話を聞くだけでも恐ろしいのに、恐ろしい儀式をやったり、“出る”ような場所に自ら赴いて、本当に“出たら”どうするのだ。
これが隆臣が千草に付き合わない最大の理由であった。
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