① 暗黒寺

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〖悪心影 さんからメッセージが届いています〗


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「……なんで鳥居があんだよ……寺って話じゃなかったか?」


 辺鄙な山の中、舗装された道を外れ、さらに進んだどこか。

一台の原付スクーターのエンジンの音がフルルルと消えた。

 同時にヘッドライトも消え、辺りは夜の闇へと戻る。


 1人の青年がじっとりと汗ばんだ半袖のTシャツを肌に張り付かせ、乗り付けた原付のスタンドをガンと音を立て乱暴に下ろした。

 耳に着いたワイヤレスのイヤホンからはショルダーバッグの中で起動している地図アプリからの目的地到着を知らせる音声が微かに漏れている。


 もう9月になるというのにうんざりするほどの熱帯夜である。空気は沸かした湯でも近くにあるのかというほどに暑く湿っており、ジージーゲコゲコと虫だの蛙だのの“蟲”の合唱がそれに拍車をかけているようだ。


 脱いだヘルメットをハンドルに引っ掛けた青年はショルダーバッグからスマートフォンを取り出した。汗ばんだ額を腕で拭いながら、ポツリと1つ立つ鳥居と地図アプリの画面を見比べるが、画面の表示は間違いなく目的地に辿り着いたことを示していた。


「何が“暗黒寺”だよ……やっぱり担がれたのか?」


「くそっ」と悪態をつきながら、それでも青年は鳥居に向かって足を進める。

 そうしなければならない理由が青年にはあったからだ。


 色のぬけて灰色になったぼろけた鳥居には、今にも切れそうな擦りきれたしめ縄がかろうじて引っ掛かっている。

 鳥居越しに見える斜面にはわずかにひび割れ苔むした石段が続いており、背の高い真っ直ぐな針葉樹が山肌に添うように立ち並んでいた。石段の続く先は月明かりのない新月の夜闇に呑まれ、些かも見通すことができなかった。


 スマートフォンのライト機能をONにして、足元を照らすと青年は鳥居を無造作にくぐった。

 しかし、青年の体が境界を完全に跨いだ途端だった。

 わずかに辺りを照らしていたスマートフォンのライトがふつりと消えた。

 それどころか、電源を落としてもいないのに液晶のバックライトすら消え、青年は突然目隠しでもされたかのような完全な闇に閉じ込められてしまう。


 先ほどまで耳を騒がしていた蟲共も鳴りを潜めたように黙りこくり、無音に支配された空間ではただ心臓だけが体内に反響するようにドッドッドと鼓動を鳴らしていた。


 青年はたまらず後ろを振り向いた。

 しかし、そこには“まだ戻れる”という希望を虚しく打ち砕く光景があった。

 ただ一歩、一歩だけ境界を超えただけだったはずだ。だが、すぐ後ろにあるはずの鳥居は影も形もなく、闇だけが戻る道を塞いでいた。


 バタタタタタタ


 何か大きな鳥のはばたきのような音が静寂を破り耳元を過ぎていく感触に、青年の喉が「ヒっ」と鳴る。

 闇の中から“アァ”とも“ウゥ”とも何とも言えない、聞いたこともないような聲が「さっさと行け」とばかりに青年を後ろから急き立てた。


 青年はガクガクと笑ってしまった膝を拳で叩くと意を決して、足の裏に伝わる感触だけを頼りに石段を登り始めた。

 青年の目の前に広がる闇が渦を巻くように蠢いて、濃くなったような気がした。

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