掛崎流のある一日・下

 ドローンのディスプレイを壊そうとノーラが右ストレートを見舞おうとしたその時であった。


「やめてやめておねがーいっ!!!」


「うわぁぁあぁぁああぁ!!」


 流とは別の男性と思しき悲鳴が響き、ノーラの拳もドローンの前に出た流の真ん前で止まる。すぐに二人は目を合わせ、お互いの武器を構え直した。


【悲鳴じゃん】


「厄介事が向こうから飛び込んで来たか! 行くぞ!」


【俺らの推しの本気タイムだな】


「う、うん!」


【頼むからお前は】


 そのまま奥へと向かって二人は走っていく。立ちふさがったゾンビの騎士達はノーラが剣をひと振りすると共に両断され、新たに現れた何体ものオークは一体ずつ鼻、眉間、片目を流が放った矢によって貫かれてバタバタと倒れていく。少しも速度を落とすことなく二人はただ、駆け抜ける。


「あ、アンタは!」


 そこで流達は涙と鼻水を垂れ流しながら全力疾走する男と出会う。声の感じからしてやはりこの人間だろうかと流は一旦足を止めて話しかけた。


「おいナガレ! 私は先に行くぞ!」


「うん、お願い! あの、救助に来ました! 他にパーティの人は――」


【あ、コイツって確か有名配信者のパトリオットTERUじゃん】


「お、お前が悪い!」


「えっ!?」


【唐突な罵倒に草生える】


「コイツだ! コイツが俺達『軍神』の邪魔をしたんだ! 今すぐ肉の盾になりやが――うぉあ!?」


「えぇっ!?」


 だがここで男は流を罵倒し、いきなり肩を掴もうとしてきたため流は即座に避ける。するとそのまま姿勢を崩して前に倒れこんだ。そして顔を真っ赤にして体をぶるぶると震わせるとそのまま流達をののしった。


「死ね! 死ねバーカ! このことは冒険者協会に報告してやるからな! 国を敵に回して勝てると思うなよオワコン冒険者ごときが!」


「ちょ、ちょ、待ってぇ~!」


【哀れすぎて笑える】


【お薬増やしときますねー】


 しかも何かのやらかしを押し付ける気満々でその場を逃げ去ったのである。とんでもないのに出会ったと思い、すぐにでもあの男を追うべきか流は迷う。だがすぐにノーラの声が彼の耳に届いた。


「何をしておるかたわけが! 負傷者がここにおるぞ!」


「っ! 今行くよ!」


 すぐに流はノーラの後を追って走る。そうして次の通路の曲がり角を進んだところであの男が何から逃げ出したのかが流にもわかった。


「ブモォ……ヨワイ。オマエラ、ヨワカッタ」


 そこには虫の息となった女性と無残に潰れた四つの死体、そして二メートル近い大きさのミノタウロスがいた。


「嫌、いやぁ……しにたく、ない……」


 女性も死体もそこそこいい装備を身に着けていた様子だが、どちらもボロボロとなっており、放っておけば死体が更に増えるのが目に見えていた。


 一方、魔物の方は身長を超える大きさの戦斧を担いでおり、電柱ほどの太さをした腕はもちろんのこと筋骨隆々な体は奴の武器をラクに支えられるであろうことが嫌でもわかる。


「ミノタウロスか……いや、言葉を話す知性があるということはそれなりに腕が立つな」


【うわガチじゃん。ノーラたんがこう言うってことはマジでヤバい】


「そう、だね……楽な相手じゃなさそう」


【上級冒険者案件じゃねーか! おい逃げろお前ら!】


 目の前の相手がただの魔物じゃないと見るや流は唾を飲み込んだ。自分とノーラならばどうとでもなるが、死にかけの女性を助けるためにもノーラ一人で頑張ってもらう必要があったからだ。


「ブモ?……キサマ、ナニモノダ?」


【逃げろ馬鹿死ぬ気かよ!】


「王の顔すら知らんということはやはり直属の部下ではないな……よかろう。我の名を聞くがいい!」


【これだから新参は】


【お、久々の魔王レオノーラ様だ】


 魔物からの問いかけにノーラはその赤い瞳を輝かせ、一瞬だけ腰を落とすと魔物へと一気に距離を詰めて剣を振るった。


「ブモッ!? ソ、ソノツノハ、ソノヒトミハ!? モシヤホントウニマオウカ!?」


「その通りだ! 私こそは魔王レオノーラ・オーマ! 世界を統治する最強の魔王よ!」


 ミノタウロスが斧でどうにかノーラの剣を受け止めている様子から、恐らく自分達に攻撃がいくことは無いと判断すると流はすぐさま回復魔法を発動する。


「“リカバリーエイド”!」


【相変わらず理不尽な回復力すぎる】


「傷、が……治ってく!? たった一回で!?」


 本来ならば一度で死にかけの人間を治すほどこの魔法は強力では無い。故について来たドローンに表示されるコメントも魔法を受けた女性の言葉もほぼ驚愕一色であった。


「えっと、今ので完治したと思うんですけど大丈夫ですか? その、他にケガは?」


「っ! 黒と赤のオッドアイ! まさか……」


 すぐに女性の体を起こし、他に不調が無いかと尋ねる流であったが、その助けた相手からの問いに彼は微笑みながら答える。


「はい。僕たち、『ザ・ファースト』が来ました。安心してください」


 ――全ての冒険者の始まりであり、世界最古の冒険者兼配信者であるパーティ『ザ・ファースト』の名前を。


「ごめんノーラ! これから援護するよ」


「遅いわ馬鹿者!――さぁこの魔王、そして我が眷属けんぞくの前にひざまずくがいい!!」


 女性のリアクションからもう大丈夫だと確信した流はすぐにノーラへと声をかける。そして弓の弦を引くと同時に魔法をいくつも発動していく。


「“マジックボルト・トライ”、それと“エンチャント・ストーム”」


 高密度の魔力で出来た矢を三本つがえ、それらに突風さながらの力を付与する。彼の基本的な戦い方であり、彼の必殺技となっているそれをほんの数秒で終わらせると、ノーラとつばぜり合いをしているミノタウロスから少し離れたところへ矢を放った。


「ふっ!」


「はっ!――“アクアジャベリン”!」


 ノーラが一撃でミノタウロスを大きく弾き飛ばせば、放った矢も吸い込まれるように牛頭の両目と眉間に直撃する。そして矢を放つと同時に準備詠唱無しで水の槍を飛ばす魔法を発動。


「ブモォオォオオォォ!?」


【おい正気か!? 準備詠唱無しはマズいだろ!】


【このままじゃノーラに当たrr】


 準備詠唱抜きではどの魔法も威力が六割未満に落ちる上に仲間が避け損なうリスクがある。にもかかわらず、上段に剣を構えて突撃するノーラに一切かすることなくミノタウロスの胴を刺し貫く。汚い悲鳴を上げる魔物が最後の抵抗とばかりに斧を振り上げた。


【勝ったな】


「受けよ! “ダークネスエッジ”!」


【あぁ】


「はぁあぁぁー!!」


 だが相手が振り上げると同時に矢が両手首を貫く。一拍遅れて角が深紅の光を放つと同時に闇をまとったノーラの剣が魔物を縦に割った。


「ふっ……この程度か。魔法を使うまでも無かったな。少々昂ぶり過ぎたか」


 返り血を浴びながら勝ち誇った横顔を見せたノーラを見て、相手を仕留めたと確信した流は女性に手を差し伸べる。まずは生き残った彼女を助けるのが先だと判断したからだ。


「えっと、その……た、立てます? ここ、危ないですので……」


「あ、は、はいっ。だ、大丈夫です……」


 女性の手を掴んで立ち上がらせた時、ふと流は思う。最初にノーラと出会った時とちょっとだけ近かったかも、と。


『まだ、生きたいか……小童』


 二年前、ファンタジーな要素が一切なかった世界に突如現れた魔物に下校中の流は襲われてしまう。腕を切り裂かれ、背中に矢が当たり、それでも何とか逃げた先にも魔物の群れが待ち構えていて絶体絶命であった――そこの中心にいた羊のような角が生えた少女共々だ。


『イヤ、だ……死にたくないっ! 死にたくなんてないよぉ!』


『ならば取引といこうじゃないか――私とお前とでな!』


 死にたくないと叫んだ途端、少女は流の胸を貫いて真っ赤な心臓を取り出した。そして自身の胸も抉って出した心臓が代わりに、交換して埋め込まれる。途端、全身を燃やし尽くすほどの熱が流を襲った。


『あぐ――あぁぁぁぁあぁ!!』


『これでお前は私の眷属だ――ナガレよ。我が刃となってこの愚か者達を討て!』


 そうして湧き上がる力のままに暴れた時のことをしみじみと思い出していると、先程助けた女性から流は声をかけられる。


「あ、あの、助けて下さってありがとうございました……」


「あ、はい。その、仲間の救助は冒険者の義務ですし……」


【もげろ】


【もげろ】


【もげろ】


 ぺこりと頭を下げて礼を言ってくれた女性にちょっと照れながら答えを返すと、今度はノーラの方が二人に声をかけてきた。


「ふむ。そこの女。私達に恩義を感じてるなら一つやってもらうことがある」


【魔王ムーブ続いてて笑う】


「ちょ、ちょちょちょ! 待ってよノーラ! この人初対面なんだしまだ病み上がりなんだよ!」


「知るか。この女に戦力なぞ期待しとらん」


 居丈高に命令してきたノーラをなだめようと流は説得するが、聞く耳を持たないとばかりに彼女は助けた女性を見つめたままだった。


「あ、はい……そう、ですよね。私、あの魔物に手も足も出ませんでしたし」


【俺の推しがこんなこと言う日なんて来てほしくなかった】


【アイナちゃぁーん!!】


【〇してやるぞ自称魔王が】


「あ、あれはちょっと相手が悪かったといいますか……だからノーラってば!」


「黙れナガレ!……お前にやってもらうのは証言だ」


 思いっきりへこんでしまっている女性を気遣いつつ流はノーラを叱るも、彼女は聞き入れる気ゼロであることを頼んでくる。一体何の証言なんだろうと流が一瞬考えてたがすぐにノーラの口からその答えが出る。


「先程ここを逃げ出した馬鹿がおってな。それもおそらくお前の連れであろう?」


「あ、はい……パーティ『軍神』のパトリオットTERUさんですね」


【あのカスか】


 名前こそわからなかったが自分達に責任をかぶせて逃げたあの男の証言を覆すことだ。助けた彼女の口から証言してもらえば確かに大丈夫だろうと流も考える。


「あ、そういえば。僕たちが悪くないことを彼女の口から言ってもらえばいいってこと?」


「そうだ。この宙に浮く機械があるから大丈夫だとは思うが、この女の証言があれば確実だと思ってな」


 それに納得した流はもうノーラを止めようという気は起きなかった。彼女の口ぶりからして助けた彼女がノーラの無茶ぶりに付き合わされることは無いとわかったからだ。


【もう通報したけどな】


「なら、納得かな。あ、リスナーさんありがとうございます……それとその、お願いできますか?」


「あ、はい! 『瞬光』のアイナに任せてください!」


 そしてアイナと名乗った少女は両手に握りこぶしを作って力説した。それを聞いた流れは軽く息を吐き出すと、振り返ってノーラの方に顔を向けた。


「じゃあ、すぐ戻ろう。『軍神』の人達の遺体も協会の人達に回収してもらわないと」


「あ、それは既にやりました……それと、ネームタグの方も私が回収しました」


「あ、ありがとうございます……」


 しれっとアフターフォローもやってくれていたアイナに流は頭が上がらない思いであった。


「あぁ。あの馬鹿にはしっかり痛い目を見てもらわねばな」


「あの、そもそもお二人は国がサポートされてますし、すぐに冒険者の資格を取り上げられるってことはないんじゃ……」


「まぁここ最近はちょっと視聴者の数がね……世知辛いんだ」


 意気揚々と来た道を戻っていくノーラに対し、アイナの質問に答えた流は遠い目をしながら答える。国もお人好しじゃないことを暗に告げながら流もノーラの後を追う――。


「では皆さん。今日は阿賀野川脇ダンジョン一号の攻略となります。強い魔物が徘徊しているとの報告がありましたので上位の皆さんも無理はしないでください」


【はーい】


「ま、私とナガレの前では大した敵ではないだろうがな。ま、私達の活躍をしかと目に刻むがいい」


【ノーラたそのお姿目に焼き付けますわー】


 その後、嘘の告発を行ったパトリオットTERUは冒険者の資格をはく奪され、ノーラと流は今日も配信を続けていた。ちょっとだけ増えたリスナーのヤジやら応援を受けながら。


「グラップラーオーガが二体! ノーラ!」


「任せよ! この程度屁でもないわ!」


 魔王と少年は今日もダンジョンを潜る。

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自称魔王とやるダンジョン配信 田吾作Bが現れた @tagosakudon

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