私のベンジー
最後の日、私達は空港にいた。
チェックインを済ませ、2日間ルーシーさんが使ったICOCAは多額のチャージを残したまま私に渡された。
もう、終わりなんだと思った。
名残惜しみながら、二人で保安検査場の前で時間いっぱいまで過ごした。
「あの震災があった日、あまりの揺れで地球の軸が歪んだだろ?その時、俺の軸も歪んだんだ」
「へぇ」
「そんで、そこに君が入った」
「運命的ね」
「うん。だから、絶対に会わないといけないと思った」
別れを惜しむと言うよりは、もう離れないと誓った気がする。
私は本当に別れ難くて、この人のそばに居たくてそれを伝えたように思う。
時間が差し迫り、最終の放送が流れた。
私は両手を広げて下から抱き抱えるように大きくて強いのに、弱い体を抱きしめた。ルーシーさんも上から覆い被さるように抱きしめて髪を優しく撫でてくれた。
「私も一緒に行きたい」
我慢しきれず漏れた声に、優しく笑うと、ルーシーさんは体を離して両肩を持って私を見つめた。
「俺は、人を幸せに出来る人間じゃない。
そうだ、ブログを通じて君の家族の話を読みながら、自分もそこに居るような気持ちになれて幸せだった。だから、これからも君の家族の片隅に居させてくれ」
「いやだ!私の幸せは私が決める」
「うん、そう言うと思った。でも、俺の幸せも俺が決めるから、君が安全で元気で居るのが俺の幸せ」
それを言われてしまうとな。
私の若さは無敵だが、すいも甘いも知り尽くした大人のルーシーさんの前では、ただの怖いもの知らずの小娘だった。
その後しばらくは、ブログを通じてやり取りがあったと思うが、スマートホンの普及と共に時代は流れ、いつの間にか疎遠になっていった。
今では連絡先も分からない。
最後にルーシーさんから送られてきたプレゼントは、小さなレプリカのグレッチのギターだった。
手紙には「君のベンジーより」と書かれていて、この思いが実らないことを私は笑って悟った。
小娘はいい大人になり、出会った頃の彼の年齢についに到達した。
私はいまだに沢山のフィギアに囲まれていて、今はそれに負けないくらいに本も積み上げられている。
元々苦手だった読書をし出したきっかけは、ルーシーさんと過ごした3日間だった。
自分はあまりにも知らない事が多すぎて、もっと学びたいと思ったのだ。
正規のルート以外でないと国外に出ることは難しいルーシーさんと違い、色んな国に行けて自由な私は博識気取りだったが、もっと上をいく彼の経験値が羨ましくなったのだ。
あとは、色んな人の経験や考えを知ることで、なぜ彼は私を選ばなかったのかの答えに近づきたかった。
危険な目に合わせられないとか、親御さんに申し訳ない、とか理由を並べればいくらでもあるが、そのいくらでもある理由のどれが一番彼の中で大きかったのか?が知りたかった。
本当に強い人はなぜ孤独なんだろうか。
とても自由に見えて、色んな視線や制約の中で生きている。
そこから私は自由にしてあげれるのだろうか?でも、実際、その不自由なままの暮らしの方が、本人達は居心地が良かったりもする。
ルパンが泥棒家業しかしないことも、同じ家業の不二子ちゃんと恋愛することも、今になってちゃんと理解できた。
好きだから一緒にいる事も正解だが、大切だからそばに置けない自己犠牲の精神は、ルーシーさんの正義だ。
私はそれを貫くかっこよさが、今では大好きだ。
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